岩手県の馴染み深いソウルフード

鬼の手形のように見える岩手県は本州では1番、北海道を入れても日本で2番目に広大な面積を持つ県です。その大きさは四国四県と同じくらいにもなり、約2000年も前から稲作が行われていたとされています。三陸海岸沿いでは牡蠣やアワビ、わかめなどの海産物が、内陸部では米づくりや畜産が盛んな岩手県ではどのような食材を使ったソウルフードが食べられてきたのでしょうか。今回は郷土料理を中心に岩手県のグルメを紹介していきます。

わんこそば

お椀に入った一口サイズの温かいそばを持っているお椀に入れては食べてを繰り返すのが“わんこそば”です。そばを入れる給仕が横につき、満腹になったら蓋をすることで食べ終わりの合図になります。日本三大そばやいわて三大麺(盛岡三大麺)の1つであるわんこそばは、早食いや大食いのイメージがありますが本来はおもてなしの料理であり、薬味を少しずつ加えながら温かいそばを自分のペースで味わうのが正しいスタイルになります。客人をもてなすのにそばを振舞う習慣のあった盛岡・花巻を中心に馴染み深い岩手県の郷土料理であり、一度にそばを大勢に振舞うことが出来なかったことから、少量に分けて提供する方法を取り入れたのがわんこそばの起源として有力ですが、江戸時代に南部家の当主に一口大のそばを提供し何度もおかわりを求められた話が有力である場合、400年以上もの歴史があることになります。

食べ放題という形で提供するのが定番で、食べ始める前にネギ・海苔・もみじおろし・とろろ・なめこなどの薬味と一緒に天ぷらや刺身、漬物などがセットになって出されることが多く、飽きない工夫をしているお店が多いです。薬味の種類やわんこそば1杯の量はお店によって異なり、10杯でかけそば1杯のところもあれば15杯でかけそば1杯のところもあります。また、30杯限定などそばの量が決められたメニューを取り入れている場合もあるため、空腹具合や個人差によって選択するのもよいでしょう。盛岡・花巻よりさらに南部にある平泉町周辺では、給仕が次々とそばを入れる定番のスタイルではなく、お椀に小分けにした冷たいそばをお盆に乗せて提供し、自分で入れていく「盛り出し式」という違った形式のわんこそばもあります。ゆっくりと落ち着いてわんこそばを楽しみたい場合や冷たいそばが好きな方は盛り出し式もおすすめです。もちろん各店、スタンダードなそばや丼もののメニューもありますが、せっかく盛岡や花巻、平泉周辺を訪れた際には、歴史あるおもてなしの仕方のわんこそばを味わってみて下さい。

盛岡冷麺

人気が高く盛岡市の名物でもある“盛岡冷麺”は、朝鮮半島の伝統料理である冷麺を食べやすいようにアレンジした郷土料理になります。小麦粉とデンプンから作られる半透明の麺はツルっとした食感とコシの強さが特徴で、牛肉や鶏肉からとったさっぱりしつつもコクを感じられる冷たいスープとの相性が抜群です。具材には辛みのあるカクテキ(大根のキムチ)や牛肉、きゅうりなどと一緒に口直し用としてスイカ・りんご・梨といった季節のフルーツが乗せられているのも特徴の1つです。

ルーツとなっている韓国の冷麺は大きく分けると平壌(ピョンヤン)冷麺と咸興(ハムフン)冷麺の2種類がありますが、どちらも小麦粉ではなくそば粉を使った茶色く細い麺を使っているのが盛岡冷麺との大きな違いになります。昭和中期に朝鮮半島北部出身の方が盛岡で開業した焼肉店で冷麺を出したのが始まりで、当時はそば粉を使った平壌冷麺に近い冷麺を提供していました。日本人にとってコシの強すぎる麺や茶色い見た目、馴染みの少なかったキムチが地元の方には受け入れられず、定着するまでに苦労したそうですが、本場冷麺の要素であるコシの強さやキムチは残しつつ、小麦粉を使った半透明な麺や盛岡の素材を活かした工夫・改良を行ったことで徐々に人気が出るようになります。昭和後期に別のお店の冷麺がメディアで紹介されたことや盛岡で開かれた日本めんサミットにて「盛岡冷麺」という名前で販売したことをきっかけに、日本人向けに改良された盛岡冷麺が浸透し、ソウルフードになるほど身近な食べ物へと定着していきました。人気が出たことで冷麺を扱う店舗数も増え、現在は盛岡以外でも冷麺が食べられることや県内の製麺屋が家庭でも食べられるように生・半生麺を販売したことで全国的に認知されるようになりました。地元の方はシメにラーメンではなく冷麺を食べることが多く、辛さも選べることが多いのが魅力的です。ラーメンとは一味違ったコシのある麺は盛岡冷麺でしか味わえないため、食べたことのない方はぜひチャレンジしてみて下さい。

盛岡じゃじゃ麺

中華料理の豚ひき肉やたけのこを使った肉味噌とキュウリやネギが乗っているジャージャー麺と似ているようで似ていない“じゃじゃ麺”が盛岡にはあります。肉味噌とキュウリやネギが乗っていることは同じですが、使っている麺が中華麺ではなく細いうどんやきしめんに似た専用の麺や平打ちうどんを使い、さらにラー油やしょうが、にんにく、酢などを好みでかけて混ぜながら食べるのが特徴です。わんこそば・盛岡冷麺と並んで「盛岡三大麺・いわての三大麺」と呼ばれており、盛岡市を中心に人気のある郷土料理になります。また、食べ終わった後の器に割った卵と肉味噌、麺のゆで汁を入れて作る“鶏蛋湯(チータンタン)”という即席のたまごスープを食べる人が多く、シメにチータンタンを食べるまでが盛岡じゃじゃ麺の楽しみ方とも言えるでしょう。

中国東部(旧満州)の家庭料理であったジャージャー麺を参考に、日本で手に入る食材を使って食べやすいように改良し、戦後の盛岡市内にて屋台で提供したのが始まりとされています。戦後の食材が不足していた中で特に手に入れやすい食材を使ったことや、盛岡の人の口に合うよう試行錯誤を重ねアレンジした結果、じゃじゃ麺という独自の形や食べ方へと変化していきました。日本の味噌にゴマなどを使って作る肉味噌とうどんに似たもちもちした麺の相性がよく、その美味しさは口コミで徐々に広まり、昔は盛岡でしか食べられない料理でしたが、人気が出るにつれ店舗数が増え、現在は県外でも食べることが出来るほど代表的な料理となっています。多くの店が注文してから生麺を茹でるため提供までに少し時間がかかりますが、待ってでも食べたくなるのが盛岡じゃじゃ麺の魅力です。チルド商品などもあり簡単に作ることが出来ますが、家庭にある調味料やうどんを使って一から再現することも出来るため、再現する場合はじゃじゃ麺の美味しさを楽しみながらシメのチータンタンまで楽しでもらいたいです。

釜石ラーメン

岩手県のご当地グルメと言えばわんこそばや盛岡冷麺など盛岡発祥のものが多い印象がありますが、県内の南東部にある釜石市にも地元では昔から根付いているご当地グルメがあります。それが“釜石ラーメン”です。釜石ラーメンは王道の醤油ラーメンではありますが、綺麗な琥珀色をした醤油スープに超極細のちぢれ麺を使っているのが大きな特徴です。醤油ラーメンに使われている麺の種類は幅広く、ちぢれ麺やストレート麺の中細から中太を使っているお店が多い中、釜石ラーメンには醤油ラーメンでは珍しい超極細麺を使っています。最後まで飲み干せるほど淡麗なスープと適度にコシのある超極細麺の組み合わせは相性がよく、あっさりとした味わいはラーメンであるのか疑問に思うほど美味しいと評判です。具材もネギ・チャーシュー・メンマ・海苔と非常にシンプルであるからこそ懐かしさも感じられる一杯となっているでしょう。

東北のラーメンは麺の太さが全体的に太めが多い中、釜石ラーメンは全国でも珍しい超極細麺を使っているのには歴史的背景が影響しているからとなっています。釜石市では昔から鉄鋼業と漁業が盛んであり、この2つの業種が特に賑わっていた1950年頃に釜石ラーメンが誕生しました。漁業帰りの体が冷え切った漁師や肉体労働をしてきた製鉄所で働く人たちを待たせないようにと、短時間で茹でられる極細麺を使うようになったと言われています。また、あっさりした醤油スープが多い理由としても疲れた体や出勤前でも食べやすいようにという、釜石で働く人のことを思って地域性に合わせて作られたラーメンだったため、シンプルで王道な醤油ラーメンの中でも特徴のある釜石ラーメンが好まれ浸透していったのです。しかし、昭和後期の不況や高炉の休止、さらには2011年の東日本大震災の被災によって釜石ラーメンを提供していた店舗数は減少する一方でしたが、釜石ラーメンの振興や地域の復興に伴って現在「釜石ラーメンのれん会」に加入し営業しているお店は27店舗まで増えています。市内ではラーメン屋だけでなく道の駅やそば屋、食堂でもラーメンを食べることが出来、町全体で釜石市を盛り上げてくれています。特にJR釜石線の釜石駅を中心とした駅の周辺には多くのお店が集まって営業しているため、岩手県に訪れた際には、わんこそばなどと一緒に釜石ラーメンにも注目してみて下さい。ラーメンマニアの方や醤油ラーメンが好きな方には特におすすめのご当地グルメです。

ひっつみ/ひっつみ汁

“ひっつみ”は手でちぎることを岩手県の方言で「ひっつまむ」と言うことから付けられた名前とされており、小麦粉を水でこねた生地を手でちぎって鍋で煮たことからひっつみと呼ばれるようになりました。岩手県の中央辺りに位置する北上盆地を中心に県内全域で食べられている郷土料理の1つで、ひっつみ汁とも呼ばれています。小麦粉を練って団子状にしたすいとんの仲間ですが、生地を寝かせる工程が入ることから、水分が多く柔らかいすいとんに比べると少し硬くコシがあり、餃子の皮やワンタンに近い食感です。具材としては、根菜などの野菜や鶏肉と一緒に煮こみますが、家庭や地域、季節によって具材が変わり、川魚、川ガニ、きのこなどを入れることもあります。

もともとひっつみは、南部藩が治めていた領地の岩手県北部で食べられており、同じ南部藩の領地だった青森県南部でもひっつみを食べる文化が残っています。この辺りの地域は気候が冷涼であったため冷害が起こりやすく、米が収穫出来ない年もあったことから小麦や雑穀、そばなども作り、不作時には米の代わりに主食として食べていました。こういった土地柄から起こる環境の問題によってひっつみは生まれたのです。さらに岩手県南部から宮城県北部ではひっつみに似たよ郷土料理“はっと(はっとう)”が食べられており、青森県の郷土料理“せんべい汁”なども含めると東北では小麦粉から作られる具材を使った郷土料理がいくつかあり、古くから家庭料理として身近な存在にありました。そのため、現在でもひっつみは県内全域で季節問わずに食べられており、家庭以外にも集会や地域行事などで振舞われることも多いです。醤油味が定番ですが、味つけの仕方も家庭や地域によって変わり、洋風、中華風、カレー味、さらには小豆やずんだを使った甘い味付けなどバリエーションも豊富です。地元では飲食店でも食べることが出来る上に、ひっつみとダシ汁がセットになっている商品も販売しているため、岩手県の身近な郷土料理を手軽に味わってみてはいかがでしょうか。

まめぶ汁

“まめぶ汁”も岩手県の郷土料理であり、煮干しや昆布からとったダシと醤油ベースの汁に小さめに切った野菜や焼き豆腐、油揚げ、きのこ、かんぴょうなどの具材を入れて煮込んだ料理です。さらに具材にはクルミや黒砂糖を包んだ団子を入れるのが大きな特徴となっており、この団子がまめぶ汁のまめぶ(豆ぶ)のことになります。家庭料理としても食べられていますが、冠婚葬祭や正月などに行事食として食べることが多く、慶事の際には団子を大きく、弔事の際には精進料理としてダシを昆布のみにし団子を小さくして食べるといった違いを出しています。

現在は岩手県の久慈市山形町を中心に久慈市内で認知されていますが、もともとは合併前の旧山形村や旧久慈市西部の郷土料理であったため、そこまで広くは認知されていませんでした。しかし、まめぶ汁の歴史は古く、江戸時代の凶作が続いた際、ハレの日に食べる行事食に麺類の禁止が出されたことから、代わりとなるくるみを包んだ団子を食べたのが始まりではないかと言われています。この団子がまり麩に似ていたことや忠実忠実(まめまめ)しく健康で達者に暮らせるようにという願いを込められて「まめぶ」と名付けられたなど、名前の由来にはいくつかの説があるとされています。地域や家庭によって使う野菜やとろみの有無、団子の中身がクルミのみ、クルミと黒砂糖の両方入りなど多少の違いはありますが、“煮干しと昆布でダシをとる・醤油味・団子にはクルミを入れる”点は共通して同じです。過去にNHKの朝ドラ内で登場したことや東日本大震災以降、炊き出しに使われたことなどにより久慈市全域を中心に広まり、ダシの効いた汁にまめぶの食感と甘じょっぱい味わいは珍しく、不思議とクセになるため観光客にも人気のある郷土料理となっています。もともと、限られた地域の郷土料理であることから食べられるお店は少ないですが、久慈駅周辺の地元食材を使ったレストランや飲食店で提供しているお店もあるため、興味のある方はぜひ一度訪れて実際に味わってみて下さい。