長崎県といえばカステラにちゃんぽんと美味しく人気の高いグルメがたくさんあり、その認知度の高さは日本全国にまで及んでいます。しかし、長崎県には地元民には親しまれているものの、ちゃんぽんなどに比べると全国区になるほどまでは知られていない特産物やソウルフードがまだまだたくさんあります。今回は県内では人気の高い少しマイナーな長崎県の特産物やソウルフードに注目して紹介していきたいと思います。
長崎びわ
オレンジ色の皮に包まれたびわは、バラ科ビワ属の果物であり、ほどよい酸味とさっぱりとした甘みのバランスが良く、ジューシーで小ぶりなため皮をむいてそのまま食べることが出来ます。原産は中国ですが奈良時代にはすでに日本に伝わったとされており、千葉県や鹿児島県など全国でも作れていますが、特に生産量の多い長崎県は全体の30%以上を占める日本一の産地となっています。県内で育てられているびわは、長崎早生・茂木・福原早生・なつたよりなどの品種があり、これらを総称して“長崎びわ”と呼んでいます。長崎びわは他県のびわに比べると全体的に糖度が高くてみずみずしく、皮も薄いためむきやすいのが特徴です。また、品種によって特徴もさまざまで、香りが高く甘みも強い茂木、柔らかくて甘いながらもさっぱりとした味わいを持つなつたよりなど、風味や食感など特徴の違いもしっかりと感じることが出来ます。
古い歴史を持つびわの栽培が長崎県で行われるようになったのは江戸時代からと言われており、海に囲まれた地形と温暖な気候という環境が日本一の産地に成長した理由となっています。江戸時代の後期頃、長崎市中の代官屋敷で働いていた女性が唐(現・中国)から持ち込まれたびわの種をもらい、それを茂木にある自宅の庭に埋めてみたことが長崎県でびわの栽培をはじめるきっかけとなります。これが後に茂木びわという品種として栽培されるようになり、主力品種として定着していきました。同じく江戸時代には長崎県だけでなく千葉県や和歌山県、愛媛県などでもびわが栽培されるようになりましたが、いち早く産業としてびわを栽培するようになったのは長崎であり、明治以降にはすでに茂木びわとしての普及が始まっていたそうです。びわの種をもらった女性が大切に育ててくれたことにより長崎びわは誕生し、今や県を代表するブランド品にまで大きく成長していきました。ちなみに、はじまりとなったびわの木は今も大切に原木として長崎市茂木町に保存されています。
長崎県の温暖な気候はびわを栽培するのに向いていたため、昔から県内では露地栽培を取り入れてきました。しかし、デリケートなびわは気候の変化に敏感で成長する際に大きく左右してしまうことから、近年はハウス栽培にも力を入れるようになったのです。びわの旬は5月中旬頃の初夏、太陽の光をたっぷり浴びて育った露地栽培のびわが1番美味しいと言われていますが、栽培方法が増えたことにより旬の時期も増え、ハウス栽培は1月~4月頃、露地栽培は5月~6月頃とより長い期間をかけて美味しいびわを出荷することが可能となりました。長崎びわは糖度の高さの他にも、食物繊維やカリウム、βカロチンなどの栄養が豊富に含まれており、がんや動脈硬化をはじめとする生活習慣病の予防、腸内環境の改善といった効果が期待出来ます。栄養価の高さと食べやすい大きさからつい何個も食べたくなってしまいますが、豊富に含まれているが故に食べすぎると腹痛や下痢などの不調を引き起こしやすくなるため、1日3つを目安に多くても5つまでと食べる量に気をつけることが大切です。ただし、他の果物のように追熟することがなく、時間が経つほど味が落ちてしまう性質上、購入後はなるべく早いうちに食べることが美味しく食べるポイントでもあるため、食べきれない場合はジャムやゼリーなどに加工するのもおすすめです。また、寒さに敏感で常温保存を推奨するびわは、冷やしすぎると風味が落ち、食感も硬くなってしまうことから、食べる1~2時間前に冷蔵庫に入れると美味しさを残しつつひんやりと冷たいびわを食べることが出来るでしょう。りんごやバナナなどの果物に比べると手軽に購入することが出来ないびわだからこそ、長崎県を訪れた際や旬の時期にはぜひ長崎びわの美味しさを味わってもらいたいです。県内にはジュースやお菓子以外にもびわの成分やエキスをたっぷり含んだ加工品も多数販売しているため、健康や美容思考の方はびわ茶やびわ酢、びわワインなどにも注目してみて下さい。
五島うどん
日本全国にはさまざまな種類のうどんがあり、日本三大うどんと呼ばれる香川県の讃岐うどん、秋田県の稲庭うどん、群馬県の水沢うどんをはじめ、各県では太さや食感の違う個性豊かなうどんがたくさん親しまれています。長崎県で麺といえばちゃんぽんのイメージが強いですが、県の特産品には“五島(ごとう)うどん”があり、三大うどんに次ぐ日本五大うどんに含まれるだけでなく、意見によっては三大うどんにも匹敵するほどの人気があります。五島うどんの特徴はなんといっても細麺ながらもコシが強いということ。麺の太さは直径2mm程度と丸く細い形をしているため、うどんというよりもそうめんに近いとされていますが、小麦と塩から作った生地に椿油を塗ることで細いながらも弾力のあるコシが作り出されています。五島うどんはそうめんと同じく手延べの製法を取り入れており、生地によりをかけながら吊るし干しを繰り返し、細長く引き伸ばしていきます。その工程は20回以上にも及びますが、よりをかけることでグルテンの構造が強くなり、細くても切れにくい麺に仕上がるのです。また、乾燥させる際には椿の実から抽出した椿油を塗っていくため、麺が酸化しにくく、なめらかでつるっとしたのどごしも生まれます。椿油の効果は他にもゆでた際に麺が余分な水分を吸わず煮崩れしにくくなるため、製法と合わせて食感に大きく影響しているのです。
五島うどんは国内産の小麦粉と五島灘の海水から作られる塩、そして五島産の椿で作った椿油を使用して作られていることから、製法だけでなく原材料にもこだわりを感じられる卓越したうどんです。しかし、讃岐うどんなどに比べると全国的な知名度はそこまで高くありません。これには生地だけでなく麺を乾燥させる工程にも大きな特徴があり、五島に吹く風を利用した自然乾燥を行っているため、五島列島でしか作ることが出来ないのです。そのため生産量が少なく広く流通していないことから「幻のうどん」とも呼ばれてきました。五島列島にうどんが伝わった時期には諸説ありますが、遣唐使によって飛鳥時代や奈良時代に伝わった説がもっとも有力とされています。そして伝わった過程も遣唐使の中継地として五島が使われていた説や和歌山の漁師が移住した際に手延べ製法が伝わったなどいくつかの説がありますが、いずれかの方法でうどんが伝わった当初は大小合わせると150もの島々からなる五島列島の中でも北部にのみにしか伝わらず、限られた地域でしか作られていなかったことが幻のうどんと呼ばれる理由でもあります。
非常に古い歴史を持ち、独自の文化を受け継いできた五島うどんですが、現在は30軒ほどある北部地域の製麺所を中心に五島全域でもうどんが作られるようになったことで生産量が増加し、全体の売り上げも伸びています。また、2000年代に入り地域ブランド化するためにさまざまな政策を行ったことによって全国への認知度も高まり、日本を代表するうどんとして年々浸透しつつあるのです。コシが強く細いのが特徴であることから島内では、ぐつぐつ煮立った鍋でゆでたうどんを直接取って食べる「地獄炊き」という方法が五島うどんならではの食べ方となっています。うどんには五島の特産であるアゴを使っただしやつゆと生卵、ネギなどの薬味をかけて食べるのが定番とされていますが、他にも生醤油をかけたり冷やしうどんやきつねうどんのように一般的なうどんの食べ方でも美味しく食べられるため、幻のうどんと呼ばれる五島うどんの食感と美味しさを味わってみてはいかがでしょうか。
からすみ
珍味として知られている“からすみ”はボラの卵巣を塩漬けにして乾燥させた食べ物です。程よい塩気と旨みがあり、濃厚で独特の風味はウニとチーズを混ぜたようと例えられることもあります。国内では長崎県がからすみの生産地として有名で、三河のこのわた、越前のうにと合わせて日本三大珍味としても認知されています。古くから希少で高級な食材だったこともあり、江戸時代には幕府への献上品として、近年は皇室の饗宴の際に納入されるなど長い間に渡って重宝されてきました。からすみはボラ以外にもサワラやサバ、タラ、マグロなどの卵巣から作られているものもあり、日本だけでなくイタリアやスペイン、台湾など世界各地でも食べられてきた食材になります。商品によっては「本からすみ」と表記されているものがありますが、これはボラの卵巣から作られたからすみにのみ記載されており、長崎県を中心にからすみの生産が盛んな地域では「本からすみ」と表記することでボラの卵巣から作られていることを強調しています。そのため、ボラの卵巣かそれ以外かという目印の役割にもなっているのです。
からすみが日本に伝わったのは安土桃山時代、中国から長崎に舶来品として伝来しましたが、江戸時代初期頃には国内でも作られるようになりました。舶来品だったからすみは古代ギリシャやエジプトをはじめとする地中海沿岸部で誕生したと言われており、現在のように冷蔵保存が出来ない魚などの食品を保存する方法として考案されたそうです。この保存方法は次第に地中海全域やヨーロッパ、さらにはアジアなど広い範囲に広がっていき、さまざまな国でも作られるようになっていきました。海外から伝来してきた当初は、ボラではなくサワラの卵巣で作られていましたが、県内の南端にある野母崎地方では質の良いボラがよく漁獲されており、その卵巣を使ってみたことが長崎県でのからすみづくりのはじまりとなっています。その後も原料や製法などの研究を重ねたことにより海外のものよりも美味しいからすみが誕生し、長崎県を代表する特産品として認知されるようになっていきました。少し不思議な名前でもあるからすみですが、この名前の由来には色と形が関係しており、黒っぽい色合いと乾燥した形状は「唐墨(とうぼく)」という中国の墨に似ていたことから、唐墨を日本語読みにした“からすみ”と呼ぶようになったと言われています。
原料となるボラはかつて高級魚として扱われていましたが、水質の影響を受けやすく現在は高級魚という認識はされていません。しかし、からすみが変わらず高級品として扱われているのは、完成までに手間と時間がかかっているのが大きな理由となっています。繊細な卵巣の皮を破らず綺麗な形のまま加工するにはほとんどの工程を手作業で行う必要があり、約1ヶ月かけて血抜き・塩漬け・天日干しなどの工程を丁寧に行っていきます。この工程の中には、毎日余分な水分を取り除く、数時間おきに水を変えて塩抜きするなど非常に手間のかかる作業も含まれており、完成するまでの間は様子を見ながら状況に合わせて対応する職人技も必要です。また、ボラの漁が行われる期間は1年の中でも1ヶ月程度と短く、漁獲量も1980年前後のピーク時に比べると長崎県だけでなく全国で大きく減少しています。漁獲量の減少に加えて水質の悪い場所で育ったボラは匂いがきつく味が落ちてしまうこともあり、質の良い卵巣を手に入れることも難しくなっているのです。こうしたさまざまな理由から希少価値が高まり、100gあたり7,000~8,000円を相場に現在も高級食材や高級珍味として扱われています。しかし、限られた原料と手間をかけて作った長崎のからすみだからこそ価値が高く、他では食べられない美味しさを味わうことが出来るため、ぜひ、自分へのご褒美やちょっとしたプレゼントとして長崎県産からすみを送ってみてはいかがでしょうか。ボラ以外の卵巣から作られたからすみや海外産のからすみとも食べ比べてみるとより風味や食感の違いを楽しむことも出来ますよ。
かんころ餅
九州本土の西側に位置する長崎県五島列島には“かんころ餅”という郷土菓子があるのをご存じですか?かんころ餅とは、半茹でにしたさつまいもを混ぜて作る餅の種類であり、五島列島では和菓子としても親しまれています。さつまいもともち米、砂糖という非常にシンプルな材料から作られており、もちもちとした食感とさつまいもの素朴で優しい甘さを味わえるのが特徴です。基本的には大きな羊羹のような棒状で販売されているため、食べやすい大きさに切ってそのまま食べることが出来ますが、揚げればサクサクとした食感に、トースターやフライパンなどで焼くと表面はカリッと、中はとろーっとした食感に変化するため、手を加えることでそのまま食べる時とは一味違う食感も楽しむことが出来ます。また、さつまいもとバターの相性がよいことから、焼いたかんころ餅にバターやはちみつ、バター醤油などを好みでつけると風味が豊かになり、よりかんころ餅の美味しさを味わえるでしょう。カステラなどに比べるとマイナーではありますが、地元民からは非常に愛されているお菓子であり、知る人ぞ知る長崎名物としてお土産や自分用に購入する人も多いです。
五島列島の土地は米作りに不向きだったため、江戸時代からさつまいもを栽培しており、大正時代には五島の農産物の中でも首位を占めるほど盛んに作られてきました。五島の経済を支える主要農産物として深く根付いてきたさつまいもですが、水分を多く含んでいるため腐りやすく、長期間保存出来ないことから生のさつまいもを薄く切って日干しし、海風で乾燥させた「生切り干しいも」を作るようになります。冬の保存食としても重宝されてきた生切り干しいもは五島の方言で「かんころ」と呼ばれ、炊く・蒸す・炙るなど加熱することで食べられるため、料理やアルコール製造の原料としても使われてきました。生のまま加工するかんころに対して一度茹でてから乾燥させたさつまいもは「ゆでかんころ」と呼ばれ、これがかんころ餅の材料として使われてきたのです。ちなみに一般的に食べられている干し芋は、蒸し切干しと呼ばれているように蒸したさつまいもをスライスして乾燥させているためかんころやゆでかんころとは少し異なっています。米の栽培が出来なかった五島ではもち米から作られる餅も非常に貴重な食べ物であり、少量のもち米で餅が作れないかとさつまいもを加えたことがかんころ餅のはじまりとなります。当初はかさ増しのためだけにさつまいもを使ったため現在のような甘さはなく、ほんのりとさつまいもの甘みを感じることしか出来ませんでした。しかし、保存食としてより美味しく食べるための工夫や時間が経っても硬くならないようにするために砂糖が使われるようになると、次第に和菓子として親しまれるようになっていったのです。
現在は五島列島や長崎市内の観光地を中心にいくつものかんころ餅が販売されていますが、使用しているさつまいもの種類やもち米とのバランスなどによって味の濃さや甘さ、食感などが大きく変わってきます。基本的にはどのかんころ餅もシンプルなデザインの袋に密封された状態で販売されているため、見た目だけでは判断しにくいですが、県内の和菓子店や餅屋が作ったこだわりのかんころ餅が多いため、見つけた際にはぜひ購入して古くから愛されてきたかんころ餅の魅力を実感してみて下さい。全体的に無添加のものが多く、メーカーによってはごま入りやよもぎ・紫芋入りなどの味違いも販売しているため、幅広い年齢層の人にもおすすめです。
ハトシ/ハトシロール
長崎県の郷土料理である“ハトシ”は、県民を中心に親しまれているソウルフードであり、食パンを油で揚げた料理になります。食パンの間にはエビのすり身が挟まっており、揚げたパンのザクザクとした食感と一緒にすり身のプリっとした異なる食感を楽しめるのが特徴で、エビの風味やすり身の旨みも味わうことが出来ます。家庭でも作られる料理であるため、パンの厚みや耳を残すのか、使う具材、味つけの仕方など各家庭によって異なる特徴も見られますが、作るのに少し手間がかかることから近年は店頭で購入することの方が一般的となっています。
ハトシは明治時代に中国(清)から伝わったと言われており、もともとは大皿に盛りつけられた日本料理と中国・西欧料理の要素を含んだ料理を各自取り分けて食べる「卓袱料理(しっぽくりょうり)」という伝統料理の中の一品でした。しかし、和食中心だった明治時代に惣菜パンのようなハトシは見た目も風味も珍しく、人気が出るにつれて家庭でも作られるようになり、日常的に食べられるようになっていったのです。中国語ではエビのことを蝦、トーストを多士と表すことから「蝦多士」と表記され、ハートーシーと読むことから呼び名を真似して長崎でも「ハトシ」と名付けられたとされています。ハトシは日本だけでなく台湾にも伝わっており、台湾では「蝦吐司(ヘートースー)」と呼ばれる他、中国では油で揚げると言う意味をつけた「炸蝦多士(ジャーハートーシー)」と呼ばれるなど国によって呼び方に若干の違いもあります。手軽に食べられることからおやつやおつまみとしても親しまれており、エビのすり身以外にははんぺんなどの魚のすり身やひき肉、角煮、卵などを具材として挟んでいるタイプも販売されています。また、家庭で作る際にはサンドイッチのように野菜やチーズをプラスして作ることもあり、アレンジ力が高いのもハトシの良さでしょう。
2010年にはハトシをより手軽にファーストフードの代わりとしても食べられるよう考案した“ハトシロール”が誕生しました。正方形や三角形など揚げた食パンをカットした形のハトシに対して、エビや魚のすり身を食パンで包み、春巻きのような棒状にしたものがハトシロールになります。発祥店ではエビではなくアジのすり身にたまねぎを加えた具材を使っていたため、ハトシとはまた違った風味や旨みを感じられ、さらに柔らかめのパンを使うことでふわふわとした食感も楽しむことが出来るのです。アジやイワシのすり身を使ったプレーンタイプの他にもエビのすり身を使っているタイプやチーズ入りタイプなども販売されており、扱う店舗数はそこまで多くありませんが、県内ではハトシと並んで親しまれています。現在、ハトシやハトシロールは県内のスーパーや商店街の惣菜店、中華街、卓袱料理を提供する料亭などで提供しているだけでなく、オンラインショップでの購入や認知度が広まるきっかけとなったふるさと納税の返礼品としても扱われているため、長崎県に訪れずとも本場のハトシやハトシロールが食べられます。また、手間はかかりますが自宅でも一から作ることが可能なため、興味のある人はオリジナルのハトシを作るのも楽しいですよ。長崎中華街では食べ歩きの名品としても紹介されているため、小籠包や角煮まんと一緒に食べ歩きのお供としても注目してみて下さい。