源泉数・湯出量ともに日本一である大分県には、別府温泉や湯布院温泉などの有名どころから珍しい種類の温泉まで数多くの温泉があり「おんせん県」としても非常に人気があります。温泉のイメージが強い大分県ですが、瀬戸内海や豊後水道に面しているだけでなく県内には山地も盆地もあるため、海産物や畜産物の生産も盛んであり、また鶏肉の消費量が全国から見ても上位であることから、県内には鶏肉を使った郷土料理やグルメも多く親しまれています。今回はそんな大分県で生産されている特産物や特色豊かなグルメについて紹介していきたいと思います。
乾ししいたけ
出汁として使うのはもちろんのこと、煮物や汁物、混ぜご飯などの具材としても使える“乾ししいたけ”は、和食を作るうえでは欠かせない食材の1つです。なにげなく使っている乾ししいたけですが、その大半が九州で生産されており、特に大分県は日本の総生産量の約半分を占めているほど多く、日本を代表する一大産地でもあります。そのため、県内のお土産店や道の駅などにはさまざまな種類の乾ししいたけや出汁パックを取り扱っていることもよく見かける光景であり、専門店では計り売りで購入することも出来ます。大分県の乾ししいたけは質が良く肉厚であるため、旨みや香りをしっかりと感じられるのが特徴で、うま味成分のグアニル酸や食物繊維、ビタミンD、エリタデニン、エルゴチオネインといった栄養素も豊富に含まれていることから、腸内環境や血液・血圧の改善など健康を維持するために必要な嬉しい効果を期待出来る万能な食材でもあるのです。
なぜ大分県が日本の中でも代表的な生産地になったのかというと、気候や降雨量が非常に大きく影響しています。温暖な気候でありながら年間の降水量が比較的多く、県内の約70%が森林という恵まれた環境の大分県には、しいたけを栽培するために適した広葉樹がたくさん自生していました。しいたけの栽培方法は大きく分けると2種類あり、自然の中で半枯らしにした丸太に菌を植えて栽培する「原木栽培」とおがくずに米ぬかなどの栄養源を混ぜた培地で栽培する「菌床栽培」に分かれます。現在、国内や中国では菌床栽培を使ってしいたけを育てることが大半のなか、自然豊かな大分県には原木栽培するのに最も適したクヌギの木がたくさんあったことが肉厚で質の高いしいたけの栽培に繋がり、生産も盛んになっていった理由となっています。そのため、県内では菌床栽培よりも圧倒的に原木栽培の割合が高いのも特徴です。クヌギの木は他の木に比べると成長速度が早く、10~15年ほどで木材として利用出来るほどにまで成長します。さらに水分を保ち養分も蓄えられる特性を持っていたことが原木に適しており、古くからしいたけの栽培を行ってきた大分県では安定した本数の木を確保出来るよう明治時代以降からクヌギの木の植林も盛んに行ってきました。というのも、原木栽培をするには一度クヌギなどの木を伐採し、90~120cmほどの長さに切った「ホダ木(榾木)」にしいたけの菌を植えつけて繁殖させていきます。収穫後のホダ木は再利用することは出来ず、腐食して土へと還っていくため、しいたけを原木栽培するには安定した本数の木材が必要となるのです。しかし、この一連の流れは地域資材を活用して自然を循環させていくことにも繋がっており、それが国際連合食糧農業機関(FAO)から評価され、県内で特にクヌギの木が多い宇佐地域は平成25年に「世界農業遺産」として認定されています。
江戸時代の初期からしいたけの栽培が始まり、恵まれた環境だけでなく多くの生産者たちの努力もあったからこそ、現在でも大分県ではしいたけの生産が盛んに続いています。乾ししいたけは傘の開き方によって種類が変わり、開き切らないうちに収穫した丸みと肉厚が特徴の「冬菇(どんこ)」、傘が開き厚みが少ないため様々な料理に使いやすい「香信(こうしん)」、冬菇と香信の中間のサイズで見栄えも食べ応えも良い「香菇(こうこ)」の3種類に分けられています。サイズ感や厚み、食感などが種類によって異なるため、食べ方や調理の仕方も変わり、同じしいたけでもまったく違った印象を受けることでしょう。また、菌床栽培よりも原木栽培の方が食べ応えがあり美味しいと言われているため、普段食べ慣れている乾ししいたけと大分県産の乾ししいたけを食べ比べて、美味しさや風味の違いと一緒にそれぞれの種類の違いもぜひ味わってみてもらいたいです。
地獄蒸し
県内でも特に温泉地として有名な別府市には、少し変わった郷土料理があります。それが“地獄蒸し”です。なかなかインパクトのあるネーミングであるためどのような料理か想像がつきにくいですが、地獄蒸しとは好みの食材を温泉の蒸気を使って蒸し上げるシンプルな料理であり、エビやホタテ、鯛、サーモンなどの魚介類をはじめ、牛・豚・鶏といった肉類、好みの野菜・きのこ、卵、シュウマイやちまきなどさまざまな食材を調理ことが出来ます。名前とは対照的に非常にシンプルな料理ではあるものの100℃近い温度の蒸気で一気に蒸すため、食材の旨みと栄養がギュッと凝縮して閉じ込められるのが特徴です。また、蒸気に含まれるミネラルによってほんのりと塩味がつき、食材の美味しさを最大限に味わえるのも地獄蒸しの良さとなっています。
古くから別府温泉周辺の旅館などでは、茶碗蒸しや鯛蒸しといった料理を地獄蒸しと呼んで提供していたことや湯治場として人気の高かった鉄輪には長期に渡って滞在するお客さんが多く、食事も自分で用意することが多かったため、地獄蒸しが出来る釜を備えた宿が多数ありました。こうした文化が長く根付いていたことが郷土料理として定着し、温泉地ならではの郷土料理としても親しまれているのです。調理方法は簡単で、好きな食材をザルに乗せ、地獄釜と呼ばれる専用の釜に入れて放置するだけになります。食材によって蒸す時間が変わり、どの食材を一緒に蒸すかによっては加熱具合に差が生じてしまいますが、ほとんどの施設には目安となる時間の表記があるため、蒸し時間が近いものや時間差で食材を加えるなどをして調整すると出来上がった時の失敗を防ぐことが出来ます。また、油を使わない上に余分な脂分を落としてくれるためヘルシーに仕上がること、アレンジや組み合わせが自由でキャベツと豚肉、さつまいもと鶏肉など異なる食材を一緒に蒸すとそれぞれの旨みが合わさって、お互いの美味しさをより引き立たせてくれることなどから特に女性からの人気が高い料理でもあります。塩味があるためそのままでも十分美味しく食べられますが、醤油やポン酢、塩、バター、ごまだれなどの調味料を使えば一味違った風味や味変を楽しむことが出来るのも人気の秘訣となっており、味噌ベースやコチュジャンベース、バーニャカウダなどオリジナルのたれを用意している施設もいくつか見られます。
魚介や野菜をはじめとする定番の食材はもちろんですが、豚まんやピザ、チーズフォンデュ、丸鶏丸ごと一羽、さらにはフォンダンショコラやパンケーキといったスイーツなど少し変わった食材を用意している施設もあるため、さまざまな食材を試してみるのも新しい発見があるかもしれません。特に蒸気で作り上げた「地獄蒸しプリン」は製品として販売していることも多く、お土産やおやつとしての人気も高いためぜひ食べてもらいたい一品です。施設によっては持ち込み可の場所やどちらも対応している場所、釜のみの貸し出しをしている場所などのいくつか違いが見られることが多く、比較的海が近く市場もあるため状況や行くタイミングによっては新鮮な食材を調達して地獄蒸しを体験するのもおすすめです。ただし店側で用意している場合は大丈夫ですが、干物やチーズなどのにおいが強い食材や内臓等を処理していない魚介類の持ち込みが出来ない場合もあるため、事前に確認しておくのがよいでしょう。身体を癒しに別府温泉に足を運ぶ際には、おんせん県ならではの郷土料理、地獄蒸しも一緒に体験して通常の蒸し料理と何が違うのか味わってみて下さい。きっと身体だけでなく心も癒されることでしょう。
とり天
“とり天”とは鶏肉を天ぷら粉につけて揚げた料理であり、大分県の郷土料理になります。基本的には皮を取り除いた鶏のもも肉を使うことが多いですが、胸肉やささみといった他の部位を使う場合もあり、醤油やニンニク、生姜などで事前に下味をつけておきます。衣には卵を使うことから厚めに仕上がるため、フリッターのようなふわっサクっとした食感とジューシーな肉質を味わえるのが特徴です。県内の家庭では日常的に食べられているほど親しまれており、酢醤油にからしを混ぜた特製タレを使うのが一般的ですが、他にも特産物のかぼすやポン酢、甘めのタレなど家庭やお店、好みによってタレの種類や下味のつけ方が変わります。近年は大手うどんチェーン店をはじめ、多くの飲食店でも鶏肉を使った天ぷらを見かける機会が増えたことにより、定番の天ぷらの具材として身近な存在となっていますが、その多くは胸肉を使った「かしわ天」の場合が多く、また、とり天と表記していても胸肉を使っていることがあるため区別しにくくなっています。前提として大分県で親しまれているとり天はもも肉を中心に胸肉など他の部位を使い、卵入りの衣を使っているのが大きな特徴であるため、薄付きのサクサクとした衣がかしわ天、フリッターのような厚めの衣がとり天と、衣のつき方で判断する方が分かりやすいかもしれません。
大分県はとり天に限らず、からあげや鶏めし、鶏汁など古くから鶏肉を使った料理を食べる習慣が根付いており、一世代あたりの鶏肉の年間消費量は全国で1位を獲得しています。現在、大分県といえばからあげのイメージが強いですがとり天が誕生したのは昭和初期と歴史が古く、からあげよりも早く県内に広がっていきました。発祥にはいくつか説があり、紹介先によって発祥先が変わっていることも珍しくありませんが、そのうちの別府市内にあるレストランで誕生した説が最も有力とされています。当時、レストランでは骨付きのから揚げが提供されていましたが、女性にとっては食べにくそうという心遣いから骨のないもも肉を使うようになりました。さらにそれを天ぷら風にアレンジしたことで、既存のから揚げよりも調理時間が時短となり、今までとは異なるふわっと柔らかい衣が話題を呼んで多くの飲食店でもとり天を扱うようになっていったとされています。また、卵を使った厚めの衣はかさ増しにも繋がることから、鶏肉が高価な食材だった時代には家庭でも重宝され、日常的に食べられるソウルフードへと浸透していったのです。現在、県内ではレストランや居酒屋、喫茶店などさまざまな飲食店で食べることが出来、お弁当や総菜としても定番の料理として扱われているため、日本であればどこでも食べられる料理だと思っている県民が多く、県外に出て初めて郷土料理だったと気づくことも多いそうです。しかし、今や鶏肉の天ぷらは日本全国でも身近な存在へと定着しつつあるからこそ、大分県を訪れた際には元祖とり天を食べてとり天からしか味わえない食感や風味、さらにタレの違いも感じてみて下さい。かしわ天やからあげとは一味違った美味しさを感じられるはずです。
鶏肉のからあげ
本来、から揚げとは料理名ではなく食材に小麦粉や片栗粉をまぶして油で揚げる調理方法であるため、タコやイカ、ふぐなど食材の指定はありませんが、1番馴染み深く幅広い年齢層からの人気も高いのが“鶏肉のからあげ”です。大分県の中でも特にからあげが有名な中津市と宇佐市がある北部には、鶏肉を使ったからあげ専門店が多く「からあげの聖地」としても認知されています。数多くのからあげ専門店があれば、その数だけの味付けや部位など、異なる特徴を持つオリジナルのからあげが存在しますが、中津からあげも宇佐からあげも味つけのベースは基本的に醤油やにんにく、生姜などを使い、タレに漬けこんで下味をつけるためしっかりとした味わいを楽しむことが出来ます。また、どちらも衣は薄めで鶏肉のジューシーさを感じやすく、冷めても美味しい工夫が見られ、定番のもも肉や胸肉をはじめ手羽先、手羽元、砂ずり、骨付きなど多種類の部位を扱っているお店が多いです。そこまで特徴的な違いはないものの、どちらかと言えば宇佐からあげの方が全体的に色が濃く、スパイスやにんにくがしっかり効いているパンチが強めのからあげが多い傾向となっています。そのため、ニンニクの量や醤油の量を調整して味の濃さを抑えたり、鶏肉の旨みを感じやすいようにしているお店もあり、それが宇佐からあげの味つけの幅に繋がっています。反対に、中津からあげは醤油味を中心に塩味を扱っているお店も多く、宇佐よりも薄い色合いのからあげが多いです。また、コショウや唐辛子の効いたピリ辛味、甘酢っぱい南蛮など、取り扱っている味付けの種類が多様なお店が多く、より多彩なからあげを選択出来るのが中津からあげの良さでもあります。
それぞれに良さを持っている中津からあげと宇佐からあげですが、なぜ県の北部でからあげが発展し、激戦区となっていったのでしょうか。これは、第二次世界大戦後、食糧難に備えるために政府が北部に養鶏場を推奨したため養鶏場がいくつもあり、鶏肉が簡単に手に入った環境が大きく影響しています。昭和30年頃、宇佐市にあった中華料理店でからあげを定食として出したところ好評で、これをきっかけに宇佐市には日本初のからあげ専門店が出来ました。そのため、宇佐市は「からあげ専門店発祥の地」とも呼ばれているのです。からあげの人気が大きくなるとともに宇佐市の西側に位置している中津市まで広まり、養鶏場があったことに加えて惣菜店がからあげを出すようになったことや中国の鶏料理を再現したことが重なって中津市でもからあげ専門店が増えていきました。発祥としては宇佐市の方が早いですが、専門店の数やB-1グラプリ、からあげグランプリなどのコンテストでの受賞・入賞歴、ブランド化の取り組みに力を入れるなどによって、現在は中津からあげの方が全国的に認知されています。こうした歴史的背景から大分県ではオリジナルのからあげが誕生し、食料難のための備えからからあげの聖地にまで発展していきました。県内には北部を中心に有名店や人気店が多く集中しており、それぞれの特徴を感じられるからあげが毎日作られているため、食べ比べをしてお気に入りのからあげを見つけるのもおすすめです。また、北部だけでなく南部に位置する佐伯市や竹田市では手羽やもも肉を食べやすい大きさにカットせず、大きなサイズでまるごと揚げる「一本揚げ」を扱うお店がいくつかあるため、中津や宇佐のからあげとはまた違ったタイプのから揚げにも手を広げて、からあげの新たな魅力に触れてみて下さい。
だんご汁/やせうま
大分県では“だんご汁”という郷土料理が県内全域で食べられています。だんご汁とは特産物である乾ししいたけやいりこなどを中心に出汁を取り、麦味噌や醤油で味付けをした汁物であり、ごぼうや人参、里芋などの野菜と豚肉を加えて一緒に煮込んでいきます。1番の特徴である「だんご」は小麦粉を塩水で練って作りますが、一般的な丸い球状をした団子ではなく帯状に薄く引き伸ばした形をしており、どちらかといえばきしめんに似た形をしているため、だんごらしさはほとんどありません。しかし、これは見た目からだんごと呼ばれているのではなく、だんごを作る際にこねた小麦粉を丸めて寝かせておく過程からだんごと呼ばれるようになったと言われており、帯状に引き伸ばしたのは汁を染み込ませて味を馴染みやすくするためや歯ごたえをよくするためでもあるそうです。もともとは豚肉などの肉類を具材として使わず、野菜と味噌のみのシンプルな汁物でしたが、年月の移り変わりとともに少しずつ多様化していき、野菜の種類や肉類など使われる具材の種類が増えていき、バリエーションが豊富になっています。
大分県は平地が少なく台地が発達していた環境から、昔は米が上手く栽培出来ず、その代わりとして麦をはじめとする穀物の栽培が盛んに行われてきました。さらにその穀物を粉にする製粉技術も発達していったため、大分県では古くから粉食文化が根付いており、小麦粉を生地にして焼いた「じり焼き」や餡を包んだ「ゆでもち」、さつまいもを練り合わせた「石垣もち」など、いくつもの小麦粉を使った料理が食べられてきました。特に、だんご汁で使われるだんごを茹でて、きな粉や砂糖をまぶして食べる“やせうま”は、おやつとしても親しまれており、だんご汁と合わせて二面性を持ったおもしろい郷土料理でもあります。不思議なネーミングのやせうまですが、平安時代に八瀬(やせ)という乳母が「うま(当時の食べ物を表す幼児期特有の言い方)」という食べ物を作ったことから名づけられたと言われており、歴史ある郷土料理が現在でも県内の家庭や学校、飲食店などでおやつとして食べられ続けているのです。近年は、この歴史あるやせうまを全国に広めるために日持ちする一口サイズにアレンジした和菓子も販売されており、お土産としても購入することが出来ます。また、だんごがセットになっているだんご汁やだんご汁とやせうまが両方食べられるセットなどレトルトタイプの商品も販売されているため、気軽に大分県の歴史ある郷土料理を自宅でも味わってみてはいかがでしょうか。だんご自体は自宅でも簡単に作ることが出来るため、一から手作りしてだんご汁とやせうまの奥深さを味わうのもおすすめです。