山口県は三方が日本海・響灘・瀬戸内海の海に囲まれた日本本州の最西端に位置する県です。そのため、甘鯛をはじめイサキやサザエなど全国でも漁獲量の高い海産物が多く、特産物やグルメとして親しまれています。また、下関にはふぐやウニなど水産物5大ブランドがあるほど海産物の宝庫である山口県ですが、海産物以外にもまだまだ個性豊かなご特産物や当地グルメがたくさんあります。今回はそんな山口県で愛され続け、地元愛の強い特産物を中心に紹介していきたいと思います。
ふぐ
山口県の特産物・グルメとしての人気が高く外せないのが“ふぐ”です。高級食材として扱われているふぐですが、本場といわれている山口県、特に下関ではお手頃な価格で食べられるお店も多く、ランチからフルコースまで利用したい状況によってお店を選べるのも下関ならではの良さとなっています。日本近海には約50種類のふぐが生息しており、食用から観賞用までさまざまな種類がありますが、その中でもふぐの王様と呼ばれる「とらふぐ」が食用の定番となっています。とらふぐは淡白ながらも旨みや甘みを感じられる味わいとコリコリとした食感、また火を通すと刺身とは異なるプリっとした食感を楽しめるのが特徴で、近年は環境変化などによって天然ものが減少しているため希少価値があることから人気も高いです。県内でもふぐ料理店などではとらふぐを使うことが一般的ですが、近年はふぐの女王と呼ばれている「まふぐ」の人気も高まっており、とらふぐよりもリーズナブルな価格で食べられるのも人気の高さに繋がっています。別名でナメラフグとも呼ばれるまふぐは養殖されておらず、年々漁獲量も増えていることから基本的に市場に出回るものすべてが天然もので、とらふぐよりも柔らかく強い甘みを持ちながらあっさりとしているのが特徴です。濃厚でクリーミーな白子も絶品と言われているため、地元の漁師の中にはとらふぐよりもまふぐの方が美味しいと感じる人もいるほどです。また、山口県ではふぐを使った加工品も多く販売されており、おぼろ昆布で巻いた薄造りや一夜干し、身・皮を使った塩辛、雑炊やお茶漬けといった定番の商品から燻製・ジャーキー、炙り焼き、かまぼこ、シュウマイ、オイル漬け、みりん漬け、せんべいなど、おかずやお酒のつまみとして食べられるものを中心に幅広く生産しています。さらに、県内のスーパーには鮮魚コーナーにはふぐ刺し、惣菜コーナーにはふぐのから揚げや弁当、居酒屋にもおつまみメニューとしてふぐを扱うなど高級魚どころか身近な魚の1つとして地元では扱われいるため、県民から非常に親しまれているのが分かります。
ふぐが有名で認知度も高い山口県ですが、実は年間の漁獲量や水揚げ量は全国で見ると5~10位の間にいることが多く、天然とらふぐは静岡や愛知などの東海、天然まふぐは北海道や石川、養殖は長崎や熊本など山口県以外の都道府県で漁獲される量の方が圧倒的に多いのです。では、なぜ山口県下関でふぐが有名になったのかというのが気になるところですが、ふぐ食禁止令を最初に解禁したのが山口県であり、その当時、唯一ふぐが食べられる地域だったというのが大きく影響しています。もともと日本では縄文時代からふぐが食べられていたと言われていますが、強い毒を持つことから過去に命を落とした人の数も多く、何度も禁食をしてきた歴史があります。しかし、明治に入り初代首相となった伊藤博文がふぐの美味しさに感動したことをきっかけに、山口県のみでふぐ食が解禁されるようになったのです。解禁されたことにより毒のある部位を取り除く技術や職人が育ち、知識のある専門業者も県内に集まるようになると、ふぐを管理する施設や加工が出来る卸業者が増えていきました。さらに、瀬戸内海や玄界灘などがとらふぐの産卵地や好漁場でもあったため、近隣で漁獲されたふぐの集積地としても使われるようになっていきました。こうした歴史や経緯があったことで下関がふぐの有名な土地として根付いていき、現在は毒などを取り除く加工をするために全国各地からふぐが集まってきます。下関で加工された後は安心で安全なふぐとして出荷されていくため、漁獲量ではなくふぐの取扱量は山口県が日本一となっているのです。ふぐちり鍋や刺身、から揚げ、煮物といった料理として提供されることが一般的ですが、煮凝りや白子の湯引き、白子を使ったグラタン、ヒレ酒など県内には多種多様のメニューを取り揃えているお店が多いため、山口県に訪れたら余すことなくふぐの美味しさに浸ってみて下さい。また、下関にある唐戸市場ではふぐの寿司や身が入ったふく汁、揚げ物などが数百円で食べられるため新鮮で美味しく安価なふぐを求めて市場に行ってみるのもおすすめです。
瓦そば
日本人にとって馴染み深く伝統的な家屋に使われている瓦ですが、山口県にはこの瓦を使った“瓦そば”という代表的で個性豊かなグルメがあります。瓦そばとは下関発祥の郷土料理であり、熱々に温めた瓦の上に風味豊かな茶そば、錦糸たまごや甘辛く煮た牛肉などの具材をのせた麺料理になります。薬味には小ネギやのり、さらに輪切りのレモンともみじおろしを具材の上に載せて提供することが多く、別添えの麺つゆにつけるのが基本的な食べ方です。本来、屋根に使う瓦は火にかけると割れてしまうため、直火にも耐えられる専用の瓦を使っています。油を塗った瓦を直火で熱し、300度近い高温の状態の上に茶そばを乗せるため、表面のモチモチとした食感と下層部の高温で焼きあがったカリカリの食感を同時に楽しめるのが特徴です。また、瓦が熱いうえにつゆも温かいため、食べ終わるまで冷めにくく最後まで出来立てのような美味しさを楽しめることや薬味のレモンともみじおろしによってさっぱりとした風味を味わえることも瓦そばの特徴となっています。主に飲食店や川棚温泉の旅館などで提供していることが多いですが県内では各家庭としても食べられているため、家庭で作る場合は瓦ではなくホットプレートやフライパンなどを代用し、人が集まった時に作ってシェアをするのが一般的です。また、お店によっては瓦ではなくステーキ用の鉄板などで提供することもあり「茶そば鉄板焼き」と呼ぶこともあります。
瓦そばの歴史は意外と浅く昭和中期頃に誕生していますが、誕生のきっかけには明治初期に起こった西南戦争が関わっています。昭和36年、川棚温泉にある旅館の経営者が何か名物になる料理はないかと考えていたところ、西南戦争時に薩摩藩の兵士が野草や肉を瓦の上に乗せ、焼いて食べていたという話をもとに瓦そばが考案されました。また江戸時代、庶民が瓦や土堀を使うことはほとんどありませんでしたが、川棚温泉は湯治場としても有名で、治安を守るために民家にも瓦を使うことが許されていました。そのため、この地において瓦が特別なものであったことも瓦そば誕生のきっかけに関わっていると言われています。実は考案した旅館が廃業した際に瓦そばも一度消えてしまいましたが、復活を望む声が多く、専門店の開業や他の飲食店での提供が始まったことで徐々に広まり、今では川棚温泉がある下関だけでなく山口市や県外でも食べられる代表的なご当地グルメとして地元の方や観光客から親しまれています。食べ方としては麺と具材をつゆにつけて食べ、その後レモンやもみじおろしといった薬味を入れて味変をしながら食べます。最後に瓦の熱でカリっと焼かれた下層部の麺をつゆにつけて食べますが、つゆを使わずに食べるとよりカリカリとした食感と香ばしい香りを楽しめるため、つゆありでもつゆなしでも両方味わうのがおすすめです。県内のスーパーには麺とつゆがセットになっている商品や日持ちする乾麺なども多数販売しているため、自宅でも手軽に山口県の郷土料理を味わってみてはいかがでしょうか。
バリそば
油で揚げた太めの麺に野菜が入った鶏ガラベースのスープをかけた“バリそば”というご当地グルメを知っていますか?県内でも特に山口市を中心に食べられているソウルフードであり、分かりやすく例えると餡がかかっているかた焼きそばに近い食べ物です。長崎県の皿うどんにも似ていますが麺・スープに違いがあり、細麺を使う皿うどんよりも太い麺使っていること、とろみがゆるくて汁っぽいため餡というよりもスープに近いこと、さらにそのスープには鶏ガラをベースに使っていることなどが異なっています。テーブルには酢や酢醤油、ポン酢などの調味料を置いていることも多く、味変やアレンジをしながら食べるのも定番で、見た目以上にあっさりとした味わいから地元では飲んだ後のシメとしても食べられているほど愛されています。作りたての麺はバリっと音がするくらい硬いのが特徴ですが、時間が経つにつれて汁気の多いスープを吸ってツルツルっとした食感に変わり、食べ初めとは違った食感を楽しむことが出来るのもバリそばの特徴です。スープの具材にはキャベツやたけのこ、きくらげ、かまぼこ、鶏肉、イカなど野菜を中心とした数種類の具材を使っていることが多く、お店によっては10種類近く使われていることもあります。そのため、想像以上に量が多く、普通のサイズを注文しても2人前くらいの量が出てくるお店も珍しくないため、初めて食べる人はそのボリュームの多さに圧倒されるでしょう。
基本的には中太の麺を油で揚げて作っているため、その硬さ故に食べる時にバリバリとした音がすることからバリそばという名前がつけられたと言われています。同時に山口県の方言ですごいということを「バリ」と言うことから、すごい硬さやすごいボリュームという意味も込められているそうです。バリそばは第二次世界大戦後に市内にある「春来軒」が台湾の麺料理をヒントにして作った料理と言われており、もともとは麺を揚げていたのではなく焼いて硬さを出していましたが、よりパリッとした食感を出すために油で揚げる調理方法を取り入れるようになりました。しかし、市内には今でも変わらず麺を焼いて作っているお店もあり、麺の硬さの調整をしてくれる店舗もあるため、小さなお子さんやご年配の方でも食べやすく、よりさっぱりとした味わいや揚げた時とは違った麺の食感を楽しむことが出来ます。県内の学校給食でも提供されるほど人気の高いバリそばは皿うどんやかた焼きそばに似ていますが、まったく違った食感や味わいを楽しめることも長い間愛され続けている秘訣なのかもしれません。ぜひ、山口県に訪れた際にはふぐや瓦そばと一緒に市民のソウルフードであるバリそばにも注目してみて下さい。
夏みかん
冬場によく食べられる温州みかんと違い、初夏に旬を迎える“夏みかん”は爽やかな香りと酸味、粒感の強いプチプチとした食感が特徴の柑橘類です。山口県萩市の特産物でもある夏みかんは秋ごろに黄色く果実が色づいていきますが、この頃の実は食用に向いていないほど酸味が強いため冬を越しながらゆっくりと酸味を抜き、4月~6月頃の食べごろになるまで待ちます。爽やかさの中にはほろ苦さやすっきりとした甘さも持ち合わせているため、食べ慣れている地元の方からは昔ながらの変わらない味わいが好評ですが、慣れていない人にとっては酸味を強く感じることも多いです。そのため、収穫後は果汁を絞ってジュースやゼリー、お菓子などの商品に加工されることも多く、普段使いからお土産まで幅広く重宝されています。また、果汁を使った醤油やポン酢、ドレッシングといった調味料、チューハイや果実酒、クラフトビールなどのお酒、夏みかんの果皮が入ったしそわかめなどごはんのお供としても使われており、酸味が強い夏みかんだからこそ加工品の幅広さがうかがえます。中でも特に人気が高い加工品はみかんをまるまる1個使ったゼリーや羊羹であり、皮やヘタの部分を傷つけないよう丁寧に切り取って中身をくり抜くため、仕上がりの美しい見た目と爽やかな味わいからは職人技が見える一品として贈り物としても人気があります。
山口県の県花にもなっている夏みかんの栽培が萩市で本格的に始まったのは明治維新後ですが、夏みかんの種を蒔くきっかけとなったのは江戸時代末期になります。萩は長州藩の政治経済の中心地として長年栄えてきましたが、藩庁が山口に移ったことで次第に困窮していっただけでなく、士族の給禄奉還が萩に残った武士の苦境に追い打ちをかけていきました。明治に入り困窮した士族の救済策として廃屋となった広大な侍屋敷の敷地に夏みかんの種を蒔いたのが萩での栽培のはじまりであり、同時に日本で初めて夏みかんを栽培することとなりました。その後、育て始めた苗を士族たちに配ったことで街全体にみかん畑が広がっていき、萩の特産物として夏みかんが浸透し、その風景は現在まで続いているのです。一つの木に新旧の実がなることから、もともとは「ナツダイダイ」と呼ばれ「夏代々」や「夏橙」と表記されていました。この名前には萩の士族たちが代々続くようにという願いを込めてつけられたとされていますが、漢字がヨヨ(代々)とも読めてしまうことからヨイヨイという中風病人を連想してしまうため、良いイメージをしやすい夏みかんと呼ぶように変わったとされています。ちなみに、日本で最初に夏みかんのマーマレードを作ったのはあの福沢諭吉であり、送られてきた萩の夏みかんを使って作られたという文章も残っているため、萩市で作られるマーマレードの人気も非常に高いです。城下町であった萩市には今でも白壁やなまこ壁がある街並みが残り、その風景に鮮やかな黄色い夏みかんが入り込んでいるのも萩ならではの景色となっています。また、5月頃には白い夏みかんの花が咲き、果実とは違う甘い香りが市内に広がっているため、初夏に萩市に訪れるとその季節にしか感じられない夏みかんの違った良さにも出会えることでしょう。
山口ういろう
お餅のようなもっちりとした食感が美味しい“ういろう(外郎)”は日本の伝統菓子の1つであり、米粉や小麦粉、砂糖を主原料とした蒸し菓子になります。全国各地で食べられているなかでも特に名古屋や小田原などが産地として有名ですが、山口県もういろうの産地としての認知度が高く、愛知県の「名古屋ういろう」、徳島県の「阿波ういろう」と並んで山口県の「山口ういろう」の3つが日本三大ういろうとして知られています。山口ういろうは一般的なういろうには使われていない「わらび粉」を使っているのが大きな特徴で、弾力がありながらもわらび餅のようなプルプルとした食感とつるっとしたなめらかな口当たりが感じられるため、ういろうの独特な食感が苦手な人でも食べやすいとされています。優しい甘さと軽い食感が口に残りにくく、さっぱりとした味わいを楽しめるのも山口ういろうの特徴であり、地元では日常的なお茶菓子として親しまれてきました。風味には定番の小豆やこしあん、抹茶に加えて柚子や特産物の夏みかん、桜、りんご、栗、さつまいも、コーヒー、黒糖などバリエーションの豊富さも人気の秘訣となっています。
ういろうの歴史は室町時代にまでさかのぼり、中国から帰化した外郎家が考案したと言われています。元から亡命してきた外郎家は医術や外交に長けた元朝の役人であり、透頂香(とうちんこう)などの薬を作っていました。後に外郎家の作る薬は外郎薬として将軍に献上され、その際に一緒に添えられていたお菓子が現在のういろうであったという説が有力とされています。しかし、他にも餅菓子の色が外郎薬に似ていたからという説や外郎薬の口直しとして用意されていたという説、外郎が考案したお菓子だったからという説などその歴史や経緯には諸説あり、あまり詳しいことは分かっていません。また、発祥地も亡命先の博多や和菓子の歴史が古い京都などいくつか説があるとされており、山口県にはいつどのように伝わったのかもはっきりとしていないのです。いずれにしても江戸時代にはういろうがお菓子として販売され、庶民の間でも食べられるようになったと言われており、山口ういろうも江戸時代の幕府が残した資料に記述があるため、室町時代から江戸時代の間に伝わったということが分かります。
山口ういろうはわらび粉を使っているが故に、他のういろうでは味わえない食感を楽しめるのが特徴ですが、これは県内で上質なわらび粉を生産していたことが大きく影響しており、米が貴重だった時代に米粉を入手することは簡単ではなく、その代わりとして手に入れやすかったわらび粉を使うようになったそうです。しかし、これが唯一無二の食感を持つ山口ういろうの誕生に繋がっているため、なくてはならない選択だったのかもしれません。さらに県内には「生ういろう」という、蒸したてのういろうを包装した商品を扱っているお店も多く、通常よりもちもちとした食感を強く感じられることから非常に人気が高いです。ただし、通常の商品に比べると日持ちする日数が2~3日しか持たず、店頭でしか購入することが出来ないため、現地で見かけた際にはぜひ購入してその違いを食べ比べてみて下さい。お土産などとして購入したい場合は、真空パック包装がしてある商品を選べば1~2週間ほど日持ちするため、山口ういろうでしか味わえない美味しさをおすすめしてみてはいかがでしょうか。