静岡県浜松市に本拠地を置くベンチャー起業のYui support株式会社(以下:Yui support)では、食品卸事業、商品開発、ブランディング支援、農業体験イベントの企画運営、フリーペーパーの作成など、地元浜松市に根差して“食と農”を軸に幅広く事業を展開しています。2020年からは自社ブランドである「結苺(ムスビイチゴ)」というブランドイチゴの生産を新たに始め、生食用と加工ジャムを生産・販売するなどさらに活動の幅を広げています。今回、食探ではYui support代表の玉置さんにお話を伺い、起業に至った想いや結苺誕生のきっかけなどについて教えていただきました。
出産を機に起業を決意

玉置さんは現在、食と農をテーマにYui supportを経営していますが、起業に至るまでのキャリアは今の起業内容とは全く関係がなく、高校卒業後には地元の医療系法人に勤務していたそうです。1人目のお子さんを出産したことをきっかけに医療法人を退職し、次の職場に選んだのは地元の雑貨屋さんでした。子育てと両立するためにパートとして復職し、こちらも2人目のお子さんの出産を機に退職。他にもパソコン教室やネット通販を行う会社、農産物輸出を行う会社など様々な職種を経験し今に至ります。
「出産を機に退職をするのですが、子育てをしながらフルタイムで復職することはなかなか難しく、求人も単純作業系のアルバイトがほとんどでした。比較的若い時に結婚・出産をしたため、まだこれからスキルアップをして働きたいと思っていましたが、子育て中の母親にそれは難しいのかな?と感じ、なんだか社会から孤立したような感じもありましたね。」と玉置さんは当時のことを話してくれました。
2人目のお子さんを出産された時、日本では待機児童問題が深刻化していたため、玉置さんもなかなか保育園が見つからず、非認可の保育園から最終的に通園していた保育園までには4回も転園したとのことでした。確かにこのような状況においてフルタイムで働くということはさらに難しい状況だったのかもしれません。
「地元浜松で子育てをしていましたが、ある時散歩をしていてふと、子供の頃見ていた風景が少しずつ変わったなと気づいたんです。畑にいる農家さんがおじいちゃん、おばあちゃんになったなと。このままだとこの畑や風景はどうなるのかな?と心配になりました。自分の子供たちが自分と同じくらいの年齢になる頃には一体どうなってしまっているのだろう?って。」
玉置さんは父親の仕事の関係で小学生の時、沖縄に住んでいたこともあったそうですが生まれも育ちも浜松で、幼少期から地元の風景を見てきたからこそ、余計にその変化を敏感に感じたのかもしれません。そして、この気づきがYui support創業へと繋がっていきます。
「子供に残せるものって何だろう?と考えた時に、食べるものがある安心感と自分が働きたい働き方で働ける社会しかないと思いました。その時ピンと来たんです。私たちみたいな子育て中のママが出産を機にキャリアを断念してしまうのは勿体ない!私がそんなママも働ける会社を作ってしまえばいい。そして農業や農作物を活かした事業を作ればこの風景も守れるし一石二鳥じゃん!と思ったんです。」
社会や環境についてモヤモヤとした気持ちを抱えている中で閃いた玉置さん。今まで自分が起業するということなど一切考えたこともなかったそうですが、このモヤモヤと気づきをきっかけに起業することを決意し、新たな道がスタートします。
思いついたら即行動
起業を決意したものの正直何から手をつけてよいかも分からず、いろいろと調べたり勉強をしたりしていたそうです。その中で“想いを形に!”という地元浜松市が企画する新総合計画を策定するためのワークショップを発見し、とにかくやってみようという精神からエントリーします。玉置さんの内容は働くママたちが主体となって地元浜松の農作物をブランディングし、海外に輸出するといった事業でした。
しかし、当時は農家との繋がりはほとんどなく、海外輸出など一切経験がない中で考えたビジネスモデルであったため、当時のメンターやファシリテーターなどの主催側には、未経験で農家との繋がりも輸出の経験もない中で本当に出来るのか?と心配され、挙句の果てには起業はやめた方がよいとストップをかけられるほどでもありました。そんな中、玉置さんにアドバイスをくれたのが地元で農作物の輸出事業を営む会社を経営している方で、勉強のためにうちの会社に一度就職してやってみないか?と声をかけてもらったことにより、すぐには起業をせず就職をするという道を選択したそうです。
「とりあえず、ビジネスプランを初めて発表してみましたが、起業すること自体に反対意見や心配の声も多かったです。でも、そこの社長さんが誘ってくれて、一度勉強のために就職することにしてみたんです。」と玉置さんは話してくれました。

玉置さんは一度その会社に就職し、農作物の輸出事業に関わりながら新規事業として国内事業や地元フリーペーパーの作成などを任され、約3年間その会社で働くことになりました。そこで農作物輸出のノウハウと社長の近くで働き経営についてのノウハウを吸収します。地元のフリーペーパーを作るために地元の生産者などを訪ねて取材し、ここで少しずつ農家との繋がりを増やしていきました。初めてのことばかりでしたが持ち前のアグレッシブさで乗り切り、自ら補助金を見つけて申請するなど果敢にトライしていったそうです。
3年経ったある時、会社が事業の選択と集中をすることから玉置さんが中心となって行っていた国内事業と地元フリーペーパーの作成事業などが終了することになります。しかし、その代わりにそれらの事業は玉置さんが引き継いでスピンオフする格好となり、いよいよここから玉置さんの起業が形になっていきます。こうした経緯から玉置さんは起業することになりますが、まずは個人事業主として2019年1月に引き継いだ事業を中心にスタートすることになりました。
当時のことについて玉置さんは「一度就職して良い勉強をさせてもらいました。また、お世話になった社長も懐が深く、会社の新規事業をそのまま引き継がせていただき、ありがたかったですね。」
個人事業主から法人化へ
2019年1月に個人事業主として開始した直後には、すぐに給食事業者への野菜の卸契約が成立し幸先のよいスタートを切ることに成功しました。しかし、その事業者と契約を結ぶ際に、給食の食材取引という観点から法人の方が適切だと感じた玉置さんは急いで法人格を取得し、合同会社を設立します。
「当時、合同会社とか株式会社とかが全然分かっていなくて、合同会社の場合、社長のことを代表取締役ではなく代表社員と言うんですよね。農家さんを含めてチームだと思っているので、その中の代表として販売先を見つけるハブという役割のイメージがしっくりきました」
こうしてYui supportは個人事業主から合同会社となり、社員を増やしながら事業を拡大していきます。事業内容としては以前の会社から引き継いだ地元フリーペーパーの作成、給食事業者への農作物の卸事業、農作物・加工品のブランディングなど。順調に推移していましたが、世の中の変化も早く、このペースでは最初の想いである子供たちによい社会を残すまでに時間がかかりすぎてしまうと思い、ベンチャー起業のように株式会社化して資金調達をし、今の事業を加速させる必要性を強く感じるようになったそうです。そこからYui supportを株式会社へと変更し、また新たに資金調達を目指すこととなっていきます。
アクセラプログラムへの参加から資金調達へ

株式会社化する少し前に地元のビジネスコンテストに応募し、その時のビジネスプランから誕生したのが結苺になります。結苺には玉置さんの想いが込められており、“結”には人と人を結ぶという願いが込められているのです。
「野菜の卸や輸出などをしているとやはりブランドは大事なんだと常々思っていました。地元の農作物をブランディングしたいなと思っていた時に、イチゴを思いついたんです。静岡県は全国的に見てもイチゴの生産量が4位か5位と上位。しかし、そのほとんどは伊豆などの東部で作られています。そこで西部の浜松でも生産量が増えたら全国3位くらいには行くんじゃないかな?って。そして漢字で草冠に母と書くイチゴは、私たちの中心である母親ということにもピッタリじゃない!となり、結苺が生まれました。」
驚くのがこの時にイチゴは一切生産しておらず、生産している農家を知っているだけでノウハウもなければハウスもない。さらにはハウスを建てる場所も知らないという全く0の状態でブランドが先に出来上がったというのが結苺の面白いエピソードの1つでもあります。
しかし、ここでも持ち前のアグレッシブさを活かして、市内に空いているハウスを見つけるとすぐにそこでイチゴの生産を始めることを決意します。イチゴの生産者に栽培方法を教えてもらいながら土づくりから肥料の調整、苗付けなど自らの手ですべてを0から行っていったそうです。経験0、実績も0、ハウスがあるだけのまっさらな状態からのスタートになります。イチゴの生産をする場合、専用の棚など比較的大きな設備投資が必要であるため、何度も地元の信用金庫を訪ねて熱心に事業内容を説明し、融資を受けることに漕ぎ着けます。さらに、事業成長を支援するアクセラレーションプログラムに参加すると、投資家の方が今までのビジネスコンテストの実績や地産地消などの取り組みに興味を持ち、事業に投資してくれたことで銀行と投資家という強力なバックアップ体制も出来上がりました。
「融資も投資も初めての経験で一切分からなかったですが、シェアオフィスなどでたまたまお会いした方が会計士さんや弁護士さんで、融資や資金調達に必要な資料などを教えてもらいました。運が良いというか人に恵まれているんですよね。」
と玉置さんは語ってくれましたが、それは玉置さんがアグレッシブに行動をして様々な人と出会ってきた努力の賜物と言ってよいでしょう。

こうしてYui supportとしてイチゴの生産が始まりました。もちろん知識なし、経験なしのところからのスタートとなりましたが、これまでも何もないところから事業を起こしてきた玉置さんにとっては通常の事業起こしと変わらなかったに違いありません。イチゴの生産は順調に進み、Yui supportの販路で結苺として展開されています。イチゴ生産事業を開始した当時は玉置さん1人で始めたそうですが、同じように子育てをしているお母さんから私も手伝いたい、私もYui supportに入社したいと声がかかるようになり、求人を出さずに社員やアルバイトがどんどん増えていったと言います。
「中には私たちが企画する農業体験に参加して、それをきっかけに入社した人もいます。口コミで広がってくれてありがたいですよね。1人1人話を聞くと、エンジニアとして開発が出来たり、英語が話せたり、スキルがあるのに働く場がないという方が多く、そのようなママ世代が働けて稼げるようにしていきたいですね。」と語ってくれました。
イチゴジャム完成

そして玉置さんたちYui supportは、生食用イチゴだけでなく加工品としてイチゴジャムの生産・販売も開始します。もちろん、ジャムなどの加工販売の経験もありませんでしたが、自社のミッションである世界を達成するために加工品まで手掛けるという事業展開は自然の流れでした。起業する前に6次産業化プロデューサーの資格も取得し、自分たちのブランドづくりだけでなく生産者の方たちの力にもなれるように準備をしてきた玉置さん。しかし、ここにきて急にとんでもないことを言い出します。
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「私、イチゴは好きなんですけど、イチゴジャムとかイチゴクリーム、イチゴ味のもの、生食以外のイチゴって好きじゃないんですよね…」と。
なんと、結苺のジャムを作る社長の玉置さん自身、イチゴジャムが苦手だという話。しかし、苦手だからこそ自分でも美味しいと思える商品を作りたいと商品開発に妥協は出来なかったそうです。何軒も加工所を当たるなかで砂糖やその他の添加物などは使わず、より生のイチゴに近い味を出せる加工所を探し出し、そのまま食べても美味しい完熟のイチゴにこだわって作られたのが結苺のイチゴジャムになります。
玉置さんのこだわりはビンを開けた瞬間から伝わり、イチゴのフレッシュな香りと同時にイチゴ本来の甘さと酸味を味わうことが出来ます。単に甘いだけではなく、イチゴの旨みも感じられるジャムとして仕上がっているのは生のイチゴの味にこだわったからこその美味しさなのではないでしょうか。
「私が美味しいと思えるイチゴジャムを作れば、イチゴ【味】が嫌いな人でも食べられるんじゃないかな?と思ってこだわりました。その部分は好評いただいています。」
6次産業化プロデューサーの資格を持つ玉置さんだが、プロデュースだけでなく土などからこだわり、生産・加工まで自ら取り組む6次産業化プロデューサーは全国的にも相当珍しい事例であると思われます。しかし、それを珍しいとも無理もと思わず、子育て世代のお母さんが活躍出来る社会と農業を通じて食の安全が残される社会を信じてYui supportは事業を拡大しています。
最後に玉置さんに今後の展開や展望を伺いました。
「浜松市が好きだし思い入れがある街だから浜松を中心として事業を展開していきたいと思っていますが、今後はこの取り組みを全国にも広げていきたいですね。地域資源の活用とはよく言いますが、地域に地域資源は絶対にありますし、それを事業化させるアイディアもきっといくつかあると思います。しかし、大事なのはそのアイディアを実行していくこと、そう考えた時に子育てをしているママというのは相性がよい組み合わせだと思います。この取り組みを最終的には47都道府県に展開していきたいですね。」
玉置さんがその地域に来たら何とかなる。なんとかしてくれる。玉置さんからはそんな雰囲気が感じられます。
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