県全体が温暖な気候である三重県では農業・畜産業・水産業関係なくどの分野においても盛んであり、松坂牛や伊勢海老といった地名をブランドとした特産物も多く生産しています。また、伊勢神宮や熊野古道の伊勢路、伊賀上野など歴史に触れられる機会も多いことから三重県を訪れる人も多く、食べ歩きをはじめ三重県のご当地グルメや郷土料理の人気も高いです。今回はそんな三重県の代表的な特産物や郷土料理について紹介していきます。
伊勢海老・伊勢えび
濃い赤色をしたイセエビは、日本国内ではもっとも大きな海老であることから高級食材として扱われており、千葉県や神奈川県、さらには海外など広い範囲で漁獲されています。そのなかでも特に三重県伊勢志摩地方は産地として有名であり、この地域で水揚げされたものだけに“伊勢海老”と漢字表記することが認められています。硬い殻と無数のとげに守られた身は引き締まり、プリプリとした弾力のある食感と甘さを感じられるのが大きな特徴です。三重ブランドの1つとしても認知度が高く、触角にシンボルマークが入ったタグをつけて産地を明確にしているのも特徴になります。お刺身など生で食べる他にも、焼く・茹でるといった調理方法も人気があり、生とは違った美味しさや食感を楽しむことが出来るうえに、えび味噌や殻のゆで汁からも濃厚な風味を味わうことが出来るため、全身余すところなく味わうことが出来ます。しかし、養殖するのが難しく、市場に出回るまでに約3年と長期間かかってしまうこともあり、500gほどで1万円前後、小さめでも4,000~5,000円と値段の相場が高いことが高級食材と言われる理由にもなっています。
古くから伊勢志摩地方では多くの伊勢海老が漁獲されており、近年は餌や住処となる海藻の減少の関係から全体の量は減っているものの、漁獲量の多さは常に全国の上位に位置づけをしています。名前の由来としては、かつて都であった京都で伊勢産のエビが多く出回っており、認知されるきっかけとなったことからイセエビと名付けられたという説や甲冑のような見た目から「威勢の良い海老」と言われていたものが短縮してイセエビと呼ばれるようになった説、さらには磯に多く住んでいたことから「いそえび」と呼ばれ、それがなまってイセエビと呼ばれるようになったという説などがあり、諸説あるためどれが有力かまでは分かっていませんが次第に三重県だけでなく他の地域でも統一してイセエビと呼ばれるようになりました。イセエビと伊勢海老は一見表記の違いだけのように思われますが、伊勢が主要な産地であったことや恵まれた環境によって生まれる質の高さなどを区別するために、全体的な呼び方や他県で漁獲されたものは「イセエビ」、伊勢志摩地方で漁獲されたものは「伊勢海老」と表記を分け、地域ブランドとしても力を入れるようになりました。そのため、三重県のお土産などには伊勢海老と表記されているものが多いのです。
県内では古くから親しまれてきた伊勢海老ですが、長いひげと手足、腰の曲がった姿からは長寿を連想させ、さらに成長する過程の中で何度も脱皮することから立身出世の縁起物としても重宝されてきました。伊勢神宮では神様に捧げる神饌としても伊勢海老が用いられ、地方によっては現在も正月に鏡餅の上などに伊勢海老を飾るといった風習が残っています。養殖が難しいからこそ、恵まれた環境だけでなく厳しい規制などを設けて努力や手間をかけてきたことで安定した生産量と質の高い伊勢海老を生産することに繋がっているのです。希少性から少し値は張りますが、三重ブランドの認証を受けた伊勢海老でしか味わえない美味しさを感じられるため、三重県を訪れた際にはぜひ伊勢海老の風味や食感を堪能してみて下さい。また、旨みが詰まったお菓子や加工品も豊富にあるため、男女問わないお土産としてもおすすめです。
あおさのり
“あおさのり”とはヒトエグサという日本で多く栽培・生産されている海藻であり、長さは5cm~10cm程度、柔らかく濃い緑色をしており、生の状態ではぬるぬるしているのが特徴です。日本全体の生産量のうち約60~70%を三重県が占めており、日本一の生産量を誇っています。産地などでは生の状態でも販売されていますが、一般的には乾燥させてフレーク状に加工したものが販売されており、他の海藻では類を見ないほど磯の香りがよく、風味も豊かで手軽に使いやすいことから、汁物や天ぷら、パスタ、チャーハンなどさまざまな料理に使うことが出来る万能な海藻となっています。ちなみにあおさのりとよく似ている青のりやあおさはどちらも別物であり、ヒトエグサ科のあおさのりに対して青のりとあおさはアオサ科に属しています。そのため、海藻の色や厚み、香りなどといった特徴にも違いが見られますが、メーカーや商品によってはあおさのりのことをあおさと表記していることも多く間違えやすいため、裏面に記載されている原材料でヒトエグサかそうでないかを判断することが出来ます。また、あおさのりは地方によって呼び方が変わり、沖縄県では「アーサー」、鹿児島県では「このい」「おさ」などと呼ばれ広い範囲で親しまれているのです。
リアス式海岸を持つ三重県は、地形の影響から波が穏やかであおさのりを育てるのに適した環境をしています。そのため、県内では昔から天然のあおさのりがよく自生し、身近に食べられてきた海藻類でした。1950年代頃から養殖が盛んになり、1970年代には養殖の技術が開発されると広い範囲で養殖が行われるようになったため、あおさのりの主要産地にまで成長していきました。旬の時期である1月~4月頃に沿岸域で見られる養殖の光景はまるで「青いじゅうたん」が敷いてあるように見えるほど鮮やかで、この季節に見られる風物詩となるほど美しい景色となっています。基本的にはのりの佃煮の原材料として使われてきたあおさのりでしたが、2016年に行われた伊勢志摩サミットで食材として採用されたことがきっかけとなり、インスタントのみそ汁やお菓子などの加工品にも使われることが増え、全国的にも需要や人気の高い海藻として浸透しつつあります。県内にある養殖の漁場によって少しずつ色や味に違いがあるのも三重県ならではの特徴となっており、中でも県内2位の生産量を誇る松坂市で栽培されているあおさのりは特に色がが濃く、風味も強いのが特徴です。さらにあおさのりは、海の緑黄色野菜と言われるほどの食物繊維やコレステロール低下作用などが期待出来るラムナン硫酸を多く含んでいるなど栄養素の高さから、健康や美容を意識する人からの注目や機能性食品としての期待も集めています。磯の風味は強いですがクセが少なく活用方法も豊富であるため、三重県産のあおさのりを常備して普段の食卓に磯の風味をプラスしてみてはいかがでしょうか。
伊勢うどん
伊勢市を中心に食べられている郷土料理“伊勢うどん”は、なんといっても通常のうどんの2~3倍はある太くて柔らかい麺が大きな特徴です。基本的には温かいうどんのみの提供が多く、コシの強さやのどごしはありませんがふんわりもちっとした特有の食感を楽しむことが出来ます。味つけはたまり醤油をベースにした濃い色のタレをかけて全体に絡めながら食べますが、見た目以上にあっさりとした味わいで甘みやコク、カツオなどのダシの風味を感じられます。また、具材には刻みねぎだけをトッピングしているのが定番となっており、追加トッピングや別メニューとして肉、卵、とろろ、天ぷらなどの具材を選べるお店が多いです。見た目や食感など普段食べ慣れているうどんのイメージからはかけ離れていることから、初めて食べる際に驚くことが多い伊勢うどんですが、その独特な食感や食べ方は伊勢でしか食べられない唯一無二の魅力溢れるうどんでもあるのです。
伊勢うどんといえばやはり麺の太さと食感ですが、伊勢周辺では江戸時代よりも前から稲の裏作として麦を栽培しており、農家の人が麺を作る際に出来るだけ手間を省くためにあえてコシのない太い麺を打っていました。それに味噌から取れるたまりをかけて食べていたのが伊勢うどんの起源となっています。江戸時代に入り伊勢神宮への参拝客が増えるようになると、待たせることなくいつでも参拝客にうどんが提供出来るようにと常に麺を茹で続けるお店が現れ、その結果、太くて柔らかい伊勢うどんが誕生したと言われています。当時、全国各地から伊勢に訪れる人は非常に多く、長旅で疲れた体には伊勢うどんの柔らかさが心も体も癒し、胃腸への負担も少ないことから参拝客を中心に話題となり浸透していきました。現在でも麺の太さからうどんをゆでる時間は1時間以上かかってしまうため、事前に長時間ゆでたうどんを一玉ずつ取り分けておき、注文を受けてから再度数分ゆでて提供しているお店が多いそうです。伊勢神宮の外宮・内宮周辺を中心に伊勢うどんが食べられるお店があり、タレの味わいやダシの風味、もちもち具合、トッピングの種類などの特徴や違いを楽しむことが出来ます。全国を探しても似たうどんがないほど特徴的な伊勢うどんだからこそ、現在でも伊勢神宮を訪れた人たちに愛され続けているため、食べたことがないという方はぜひ一度伊勢うどんを食べてみて下さい。きっとその食感や味わいに驚くことでしょう。
てこね寿司
三重県志摩地方には伊勢うどんと並んで人気の高い郷土料理があります。それが“てこね寿司”です。カツオを中心にマグロなどの赤身魚の刺身を醤油ベースの甘辛いタレに漬けこみ、酢飯の上に盛り付けたちらし寿司の一種になります。大葉やネギ、生姜、海苔などの薬味との相性が非常によいのも特徴であり、農林水産省が主催する農山漁村の郷土料理百選にも選ばれている人気の高い郷土料理です。伊勢神宮の周辺では同じく郷土料理の伊勢うどんとセットになったメニューを提供しているお店も多く、一度に2つの郷土料理が食べられることから観光客を中心に伊勢らしさを感じられる絶品グルメとしても認知されています。
海が近く海産物がよく獲れる志摩地方には昔から漁師も多く住んでおり、なかでもカツオやマグロの漁獲量は日本有数の高さを誇っています。てこね寿司はそんな忙しい漁の中でも手軽に食べられるよう考案された漁師めしと言われており、主に海沿いの地域で食べられてきました。獲れたての魚をさばいて醤油漬けにし、手でごはんと混ぜ合わせていたことからてこね寿司と呼ばれるようになったと言われています。しかし、志摩地方では昭和初期の米の配給よりも前はハレの日にしか米を食べる機会がなかったこともあり、普段の食事というよりも大漁を祝う際に振舞われていた食事が伝わり浸透していったという説の方が有力であるとされています。いずれにしても、漁業が盛んであったことや後にマグロの主要養殖地となるなど、年月が経っても新鮮な魚が手に入りやすく生で食べる機会も多かった環境から、てこね寿司が郷土料理として親しまれてきました。はじめはごはんと刺身だけのシンプルで手軽な料理でしたが、次第に海苔などの薬味を散らすようになり、近年ではお店によってタレに工夫を凝らしている場合や伊勢海老などを使った高級てこね寿司を販売するなど手間をかけて作られる料理へと変化しています。
また、海女が漁で体が冷えた際にてこね寿司をおにぎり状にして炙って食べていたのをヒントにし、オリーブオイルで炒めた「てこね寿司チャーハン」という新しい料理も誕生しています。もともとは飲食店の裏メニュー的な立ち位置で作られていましたが、魚の生臭さなどが減ることもあり、生魚が苦手な子供や外国の方からの人気の高さから、ここ数年の間に正式メニューとして取り入れるお店も登場しています。古くから地元に親しまれてきたてこね寿司は現在、昔ながらのシンプルなものから新しいアイディアや工夫の凝らしたものまでさまざまな形で食べることが出来るだけでなく、比較的手軽に作れることから家庭でも作ることが出来るため、てこね寿司を食べて三重県の歴史を身近に感じてみて下さい。
僧兵鍋
三重県には“僧兵鍋(ぞうへいなべ)”という郷土料理があるのをご存じですか?名前からは一体どのような料理なのか想像しにくいですが、昔、僧兵という寺を護衛するために武装した僧侶がスタミナをつけるために食べていた鍋料理であり、具材には地元でとれた豚肉や鹿肉、猪肉といったジビエやきのこ、根菜を中心とした野菜などをふんだん使っているのが特徴です。数種類の味噌や酒かす、甘酒などで味付けをしており、味噌ベースのコクのあるスープの中には肉の旨みが詰まった力強い味わいを楽しむことが出来ます。昔は、猪、鹿、鳥(キジなどの山鳥)といった山でとれる肉を使っていましたが、現在は手に入れやすくクセの少ない豚肉や鶏肉、人気の高い鴨肉、さらには魚介類などを使うことも増えています。三重県の北勢部に位置する湯の山温泉周辺の旅館やホテルで提供しているため、手軽に食べられる鍋ではありませんが、地元の猟友会が仕留めた新鮮なジビエを使っていることから特有の臭みやクセがほとんどなく、ジビエからしか味わえない肉の旨みや甘みを感じられます。食べ慣れていない鹿肉はショウガなどと一緒につみれにしたり、味変が出来るような工夫をしていることが多く、ジビエを食べ慣れていない方でも食べやすいようにアレンジしていることが多いです。また、別添えで山芋のとろろが用意されているため、具材を絡めるとより食べやすく違った美味しさや食感を味わうことが出来るでしょう。
湯の山温泉には三嶽寺(さんがくじ)というお寺があり、戦国時代にはいざという時のために300名ほどの武装した僧兵がいたと言われています。後に織田信長によって焼き討ちとなってしまいましたが、当時の僧兵たちが体を温めスタミナをつける目的でよく食べていたことから僧兵鍋と呼ばれるようになりました。以前までは各旅館などで提供する僧兵鍋は具材や味付けにバラつきがありましたが、2018年に湯の山温泉が開湯から1300年を迎えたことをきっかけに僧兵鍋を作るための九つの掟を作り、多少の違いや工夫はあるものの名物として統一出来るようになりました。掟の内容には、僧兵味噌と甘酒で味つけをすることや猪・鹿・鳥などの山の幸、湯の山温泉がある菰野(こもの)産の野菜をふんだんに使うこと、出汁まで食べることなどが含まれますが、中には信長に焼き討ちにあった背景から僧兵鍋を食べる時には信長の話はしてはいけないという歴史を活かした掟も含まれているのが特徴的です。狩猟が出来るシーズンが限定されていることもあり、僧兵鍋を食べられるのは11月から翌3月までの期間限定となりますが、寒い冬に湯の山温泉に訪れて疲れた体と心をパワーアップしてみてはいかがでしょうか。