国内でも特に歴史的な寺院や神社、世界遺産が多く、国内外問わず多くの観光客が訪れる京都では古くから独自の食文化が生まれ発展してきました。中でも旬の京野菜を使い、見た目や野菜本来の味わいを最大限に活かした京料理は京都を代表的する料理として人気・知名度ともに高いです。昔から食への関心が高く栄えてきた京都だからこそ現在では日本食以外にもさまざまな美味しいグルメが食べられる街として人気がありますが、今回は京都に訪れた際には一度は食べたい歴史を感じられる郷土料理や名物となっているグルメに注目して紹介していきたいと思います。
豆腐料理・ゆば料理
祇園や嵐山、京都駅周辺を中心に京都では豆腐料理やゆば料理が食べられるお店がいくつもあります。特に豆腐料理の中でも人気が高い“湯豆腐”は、現在でこそ家庭でも鍋料理の一つとして作られることも多いですがもともとは精進料理の原点と言われており、歴史ある京都の郷土料理でもあるのです。湯豆腐は昆布でダシを取った鍋に豆腐を入れて温め、醤油や醤油ベースのタレ、ポン酢などのつけダレを使って食べるのが一般的になります。他の鍋と比べても豆腐しか使わず具材を入れないことから非常にシンプルな料理であるが故に、主役の豆腐や使う水によって美味しさが変わってしまいますが、京都では山々から流れる豊富な地下水と厳しい安全基準をクリアした琵琶湖の良質な水が水道水として手に入るためより一層美味しい湯豆腐を食べることが出来るのです。
良質な水が身近にある環境は豆腐作りにも大きく影響しており、年間の降水量が比較的少なく昼夜や夏冬の寒暖差が激しい京都の気候条件が加わることで美味しく質の高い大豆が育ちます。さらに、京都の水はミネラルがほとんど含まれておらず、雑味が少なくきめ細やかな味わいの豆腐に仕上がることが美味しさの秘訣となっているようです。こうした環境から京都には創業100年以上続く老舗の豆腐専門店が今でも多く営業しており、大豆の旨みをしっかり味わえる豆腐をはじめに油揚げや豆乳、ゆばなど各店舗でのこだわりを感じられる大豆製品は、スーパーで販売しているものとは一味も二味も違った美味しさを味わえます。さらに京都では、豆腐を作る際に“京都の良質な水を使っている・通常使われるにがりではなくすまし粉を使っている・木綿豆腐を作る際に独自製法により豆腐の中に空洞が生まれる”といった条件を満たしているものだけに「京豆腐」という地域ブランドを名乗ることが出来、通常の木綿豆腐よりも柔らかくのどごしや口当たりのよい食感は湯豆腐をはじめとする京都の料理には欠かせない豆腐となっています。京豆腐を作るには熟練の技が必要とされており、各店舗では代々その製法が受け継がれ守られてきたからこそ特有の食感が生まれ、豆腐料理の人気にも繋がっているのです。
さらに、豆腐料理と並んで人気が高いのがゆば料理です。豆乳を加熱した際の表面に出来た薄膜を串ですくい上げたものが湯葉であり、良質なたんぱく質や豊富な栄養素が摂取出来るため栄養食品としても扱われています。13世紀頃に中国から伝わったとされる湯葉ですが、特に京都の湯葉は豆腐と同じく良質で美味しい水と大豆を使って作られるため、濃厚な味わいを楽しむことが出来るのが大きな特徴です。京都で作られる湯葉は「京ゆば」と呼ばれ、薄膜をすくい上げた生ゆばと乾燥させた乾燥ゆばの大きく2種類に分かれます。トロっとした食感の生ゆばは刺身のように醤油やポン酢などにつけて食べるのが主流なのに対して、乾燥ゆばはお湯や料理に加えて戻して使うため弾力があり使い勝手もよく日持ちするといった違いや特徴を持っています。さらに、京ゆばには口あたりがよくクリーミーな「汲み上げゆば」や軽く素揚げした「東寺ゆば」などもあり、種類や使い方によってさまざまな京ゆばを楽しむことが出来るのです。生ゆばにとろみをつけたゆば丼は年齢層関係なく人気の高いメニューですが、ゆばづくしやゆば御膳などと表記されているメニューでは引き上げゆばと汲み上げゆばの違いや調理方法の違いによる多彩なゆば料理が一度に味わうことが出来るため、ゆばの美味しさをより知りたい方にはセットになっているものにも注目してみて下さい。このような京都の環境が美味しい大豆製品を作り、豆腐料理やゆば料理の人気にも大きく影響しているのです。どちらも歴史のある郷土料理としても親しまれているため、京都に訪れた際には美味しい豆腐料理やゆば料理を味わってみてはいかがでしょうか。また、豆腐専門店も地元の方をはじめ老舗料亭や飲食店、観光客からの人気が非常に高いため、豆腐専門店を巡ってみるのもおすすめです。
にしんそば
かけそばや天ぷらそば、ざるそばといった一般的なそばの種類以外にも日本全国には信州そば、出雲そば、わんこそば、戸隠そばといった各地の土地柄や歴史などが影響している個性豊かなそばがたくさんあります。そして京都にも“にしんそば”という個性豊かなそばがあり、身欠きにしんと言われる干物にしたにしんを甘辛く甘露煮にしてかけそばにトッピングした郷土料理となっています。シンプルですが、にしんの甘露煮が半身の状態でドンと乗った見た目は想像以上にインパクトが強く、初めて見た人の中には驚く人も少なからずいるはずです。しかし、見た目のインパクトとは対照的にダシの効いた関西風のつゆと甘露煮の優しい甘さやコク、にしんの旨み、ホロっと崩れる身の柔らかさが絶品でまとまりがあり、上品な味わいを楽しめるためよい意味で裏切られる料理でもあるでしょう。基本的には薬味を乗せないものが主流となりますが、店舗によってはネギや三つ葉、海苔などをトッピングしているものも多いです。
にしんそばは明治時代初期に京都市にある「松葉」という蕎麦屋で誕生しました。もともとにしんそばに使われる身欠きにしんは古くから北海道で作られている名産品で、流通技術や保存技術が今のように発達していなかった江戸時代において干物にした身欠きにしんは味が良く長期保存可能な食品として日本各地に流通されていました。また、生のにしんよりも栄養が豊富であったことも相まって、近くに海がないような地域では貴重な海産物として重宝されており、山に囲まれた京都でも貴重なタンパク源や栄養素として扱われていたそうです。そんな美味しく優秀な食材をもっと身近に食べられる方法はないかと考案したのがにしんそばでした。甘辛く煮付けた身欠きにしんの味わいは当時から人気があり、あっという間に看板商品となりました。はじめはにしんうどんもあったそうですが、そばの方が圧倒的に人気が高かったため大正時代にはそばだけになり、現在でも人気のある京都を代表する料理の1つとして親しまれています。
現在、にしんそばの有名どころとしては京都の他に北海道が挙げられますが、にしん漁が盛んで身欠きにしんも有名だった北海道では当初、そばにの上ににしんを乗せて食べるような食文化はありませんでした。しかし、京都で生まれたにしんそばが江戸に伝わるとその調理方法が北海道まで伝わり、次第に産地の北海道でもにしんそばが食べられるようになっていきました。ちなみに北海道では、濃口醤油をベースとした甘みのあるつゆが使われており、味も色合いも濃いため京都のにしんそばとはまた違った印象や風味を味わえるのも大きな特徴となります。基本的には温かいそばとして食べられていますが、京都では夏の暑い日にも食べられるように夏季限定で冷たいにしんそばを提供している店舗もいくつかあり、とろろやわさび、刻み生姜などさっぱり食べられるような工夫がされています。観光客にも人気が高いですが、地域によっては年越しそばとしてもにしんそばを食べるほど身近な存在にある京都だからこそ1年を通して美味しく食べられるように生まれた食べ方なのかもしれません。また、一般的なそばではなく茶そばを使っている店舗もあり、のどごしがよくお茶の香りを感じられる茶そばとにしんの組み合わせもおすすめです。店舗だけでなく季節によっても違った味わいを楽しめるにしんそばは食べることで初めてその奥深さを体感することが出来るため、まだ食べたことがないという方はぜひ一度味わってみて下さい。きっと人気の高さを実感することでしょう。にしんの甘露煮が真空パックになっていて手軽ににしんそばが作れる商品もたくさん販売されているため、お土産や自宅用として購入出来るところもポイントが高いです。
おばんざい
京都に訪れると“おばんざい”という言葉をよく聞きます。近年は特に京都以外でも聞く機会が増えており、全国各地でおばんざいが食べられる店舗も増えています。しかし、おばんざいと言われてもいまいちピンとこない方もまだまだ多いのではないでしょうか。おばんざいとは江戸時代に誕生した言葉であり、京都の一般家庭で作られる惣菜のことを表しています。基本的にはひらがなで表記することが多いですが、漢字だとお番菜や御晩菜などと表記されることもあります。京都には「京料理」と呼ばれる伝統的な料理があり、修行した料理人が野菜や大豆加工商品、乾物などを中心に食材の持つ良さを最大限に活かし、味や見た目、季節感などを大切にしているのが大きな特徴です。京料理は日本料理の五体系の総称でもあり、この五体系の中におばんざいが含まれています。他にも仏教の教えに基づいて植物性の食材を使った精進料理や茶道の文化が大きく影響している懐石料理が五体系には含まれていますが、家庭で作られる家庭料理をおばんざいと呼んでいるため、精進料理や懐石料理のような料理人が作る手の込んだ料理はおばんざいとは認識されていません。ただし、鰹節や昆布、椎茸などのだしを使って薄味に仕上げることが多い点や京野菜といった地元の食材を使うといった点は同じで京料理ならではの特徴でもあります。
おばんざいの特徴としては、京都で作られる旬の京野菜が使われていること以外にもシンプルな味つけや調理方法が使われていること、さらに栄養が豊富でバランスがとれていることなどが挙げられ、毎日食べても飽きないような工夫や手間がかけていることが魅力にもなっています。基本的には煮る・茹でる・和えるといった調理方法が主に使われるため、煮物やお浸し、和え物がレシピの中心となりますが、焼き物や揚げ物、漬物などその種類は非常に多岐に渡り、また、食材を無駄なく使うというのがおばんざいのもう1つの魅力でもあるため、野菜の皮や葉など隅々まで美味しく食べられるような工夫も感じられるのです。これは、おばんざいが出来た江戸時代の末期頃から取り入れられており、「贅沢煮」という古漬けの大根を油揚げと一緒にじっくり煮込み、食材を捨てずに無駄がないよう再利用して食べられていました。こうした精神や知恵が代々引き継がれて、現在でもおばんざいの根源となっているのかもしれません。そのため、お番菜と表記される「番」という漢字には食材を無駄なく使い食べきるというような意味も込められていると言われています。昭和後期頃にメディアなどで紹介されたことがきっかけで全国にもおばんざいが広まりましたが、野菜を中心としたヘルシーで体にもよい料理が多いことから徐々に人気が高まり、近年京都以外でも聞く機会や見かけることが増えたのは健康志向が強くなっていることも大きく影響しているようです。全体的には京都らしい薄めの味つけが多いですが、佃煮のような色が濃く塩辛い種類もあり、また、時代の流れに合わせておばんざいを提供している店舗やレシピでは肉や魚介類を使った料理も増えており、現代でも食べやすくより親しみやすいように進化しているものも多く見られます。おばんざい自体が家庭料理であるため、手軽に自宅で作ることが出来るのも強みですが、京都に訪れたからこそ代々受け継がれた各家庭の味わいや色彩を直接味わって歴史や工夫などを体感してもらいたいです。
ばらずし
京都の最北端に位置する丹後地方では、この地方でしか食べられていない郷土料理があります。それが“ばらずし”です。ばらずしとは、焼いた鯖の煮付けや鯖の缶詰を細かくほぐし、おぼろ状にしたものを散らしているのが大きな特徴となります。具材には鯖のおぼろの他に錦糸卵や干し椎茸、紅ショウガ、かんぴょう、かまぼこ、青豆などを使うことが多く、見た目も鮮やかです。ばらずしはちらし寿司の一種とされていますが、全国的にも馴染みのある一般的なちらし寿司とは別物であることや細かく刻んだ寿司種を酢飯の上に乗せたばらちらしなどと区別するために「丹後ばらずし・丹後寿司」と呼ばれることもあります。具材をすし飯の上にバラバラと散らしたことからばらずしと名付けられたと言われていますが、独自の道具であるバラツキ(バラテツキ)という平たいざるを使ってすし飯を混ぜることから名付けられたという説も有力となっています。
丹後地方は若狭湾に面していることから鯖がよく獲れる地域であり、古くから身近な魚として親しまれていました。しかし、鯖は鮮度が落ちるのが早く冷凍などの技術が現在のように発展していなかった頃は、保存方法として塩漬けにする、または焼くことで保存期間を延ばしていました。より保存期間が長い塩漬けにした鯖は各地に商品として流通することが多かったですが、焼いた鯖は現地やその周辺で消費されることの方が多く、若狭湾や鯖などの魚介類を京都まで運ぶルート近くの地域では郷土料理として焼いた鯖を使うことも多かったそうです。丹後で食べられているばらずしもその一つで、祭りや結婚式、正月、運動会など、祝いの席や行事など家族が集まる時や来客がある際に食べられており、今でも各家庭では年に2~3回以上ばらずしを作るほど愛されている郷土料理となっています。昔は鯖を長時間煮ておぼろを作っていましたが、近年は鯖缶を使用することの方が多く、地元のスーパーではおぼろ用にも使える特大サイズの鯖缶が売られているため、丹後に訪れた際にはスーパーに立ち寄ってみるのもおすすめです。
「まつぶた(松蓋)」と呼ばれる長方形の浅めの木箱にすし飯を薄く詰め、鯖のおぼろ、すし飯を順番に重ねて軽く押さえた後、鯖のおぼろをはじめとするさまざまな具材を上から散らすため、ちらし寿司というよりも押し寿司の方が近いといわれており、かつては保存出来るように重石を乗せてしっかり熟成させていたとされています。しかし、時代の流れや技術の進歩とともに重石を使って熟成することは減り、作る人によっては形を整えるだけや押さえずに具材を散らして完成させるものもあります。大きなまつぶたは取り外せる構造のものが多く、取り分けるために使われる「寿司切り」を使って1人分ずつ四角く切り分けられて食べるのが主流となっており、丹後でばらずしを作る際にはバラツキ(バラテツキ)やまつぶた、寿司切りといった聞き馴染みのない地域特有の道具を使うのも1つの特徴になります。また、切り分けた時の断面を意識して2段にすることも多いですが、鯖のおぼろを間に挟まず1段で作ることや切り分けなくてもよいように正方形をした1人用のまつぶたを使ってそのまま提供することもあり、家庭や店舗によって味や具材以外にも異なる点はいくつかあります。ただし、鯖のおぼろを使うことだけは共通しており、この鯖の旨みやおぼろの甘みが他の寿司料理では味わえない美味しさへと繋がっているのです。丹後地方は観光地からかなり離れた北部にあるため、市内から行くにも時間はかかってしまいますが、丹後地方を訪れる機会がある時にはぜひこだわりの詰まったばらずしを堪能してみて下さい。きっと初めて食べる美味しさに出会うことでしょう。